06.03
海岸に年齢をつけるとすると、片瀬や江の島は10代でございましょう。
が、この相模川河口付近まで来ますと、さびれていて、寂寥とし落ち着きは50代かもしれませぬ。
気づくと、飲み友達(男の)が一人もいなくなっていたのであります。
出版不況でライターやエディターが郷里に帰り、「まだキャツがいるだろう」と電話をしましたら…私メから電話することはほとんどないことなのでありますが、彼もまた郷里の九州に戻っていて「なんとかとっと」と九州弁が随所に出て、別人のようでありました。
若いヤツらと飲んでもノリきれませぬ。
同年代のオヤジたちとの飲み会が楽しいのでありました。
ときにはイデオロギーとかの違いから酔いにまかせて殴り合ったりしておりましたけれど、仕事がなくなってはどーしようもありませぬです。
吐くまで飲むのであります。
が、40代からは吐く体力も失せておりました。
もはや一生分も酒を飲みましたから、いまさら飲み友達を作る気持ちはありませぬ。が、あのような過去は戻らないかと思うと、いささか湘南海岸のはずれのようでありますです。
耳に入ったらツンボになる草が生えておるところも、風情があり過ぎますです。
電話があり、「はいー」と出ましたら、「メールを見てくれましたか」という編集のお方から。
ついに地獄のような仕事の塊が来たようでありますです。仕事がないのは辛いのでありますが、夏を犠牲にしなければならないほどの分量も問題であります。
「さぁーて」
とふたたび自転車にまたがるのでありますです。
そういえば、昨夜、偶然にも散骨をテーマというか、ネタにした映画を二本みました。
高倉健の「あなたに」というヤツと、ジュディ・フォスターの「君がいた夏」であります。
内容はともかく、男か、死んだ妻や恋人から「散骨してくれ」と手紙などで託される話であります。
散骨した男は、なぜか明日への希望を取り戻すのでありました。
この二本の映画の偶然について、さきほどから考えているのであります。