2013
08.24

藤圭子の訃報を、私メは、ずいぶん後になって知ったのでありました。
「ああ、彼女は裏切らなかった…」
これが率直の感想でありますです。

藤圭子は60年代後半の不幸の象徴でございました。
暗い表情が似合うのであります。
そして人気に陰りが出来ると、彼女の身の上に不幸が起こり、ふたたびブレイクするのでございました。

五木ビロユキなども、小説で、一読して彼女をモデルとしたと分かる主人公を仕立て、不幸を栄養にしてスターへとのし上がる話を、いくつか発表したものでありました。

前川清と結婚し、短期間で離婚しましたが「性格上の不一致」が原因だとは誰もが信じず、友達は「前川清のナニがデカ過ぎたんでねべが」とニヤニヤしていたのであります。

たしかに彼女は小柄でして、性交するとペニスが胃袋を貫くのではないかと私メもよけいな心配をしていたモノでございます。

ところが、小生意気な娘がブレイクし、母親である藤圭子は海外を股にした生活をしていと聞き、いささか裏切られた思いだったのであります。
「やはりあの不幸は演技だったのか…」と。
流れ者の親との間に生まれ、岩手から北海道に流浪した生い立ちも脚色だったのではないかと思っていたのでございますです。

しかし、自殺。

いまでも不幸のままでいてくれたのか…という一種の安心感が心に広がることを禁じえませんでした。
「十五、十六、十七とわたしの人生暗かった」のまま待っていてくれたような気がするのでありました。

冬月の丙日生まれの彼女は、他の星は金行。日支も水。
丙は太陽であります。冬の弱い太陽なのであります。
自分自身で自分を輝かせなければならず、しかし40代からの20年間は大運に火行が来ていましたからまずは幸運。
が、60才からは、土の運。太陽の光も熱も土に吸われるのであります。そして今年は癸の年。
太陽の光が癸という雲に遮られるのであります。

「どう咲けゃいいのさ、このわたし」
マンションのベランダに立ち、下からの風に前髪を煽られ、藤圭子はステージからの観客席の暗い海を眺めている気分であったのでありましょうか。

アーメンでありますです。