2022
04.06

自分の職業はいったい何なのだと、思うことがございます。
易者になろうとしてなったのではございません。

食いつめて、周囲からも99パーセントはダメだろうと言われ、
では、いまはイイのかと自問しても、答えは出てまいりません。

ただ易者しかなる道はなかったのだと、最近になって諦めているのでございます。

画像は、19歳の私メ。
学生協会というところがございまして、そこはアルバイト斡旋所でございまして、京都の百万遍のあたりにプレハブ建てのオンボロ小屋でございました。
修学旅行専門の旅館を紹介され、
「2食付きの寝泊まりもできる理想郷ではないか」
昼間は、ロイヤルホテル前で、清水焼の叩き売り。
オクラホマあたりからやってきた外人のオバちゃんが良いお客でありました。

得たお金で16ミリの映画を作成しておりました。
夢は、映画監督。
が、協調性のなさで断念。

四柱推命において、未来に迷うのは、食傷も官殺も用神になり得る命式でありましょうか。
食神、つまり自由業の道。官殺、つまり勤め人の道。
この相反する用神があることで、途方に暮れるのでございます。

おまえはお金儲けの道しかないのだと決めつけられた方が、よっぽど楽かもしれません。

私メは、貧しい才能にかけ自由業に憧れたのでございます。

画像の自分は、そのあとの地獄の20年が待ち受けていることをしりません。
成人式の日、式典の招待状のない私メは、平安神宮で、20代を占うため、お御籤を引きました。
一回目、大凶。
そんなはずはないともう一度。そしたら凶。
おいおい、三度目が本当だと、三回目。またしても大凶。

そーして流されるよーに、易者の勉強をしたのは、これも運命なのでございましょう。
亡父からは「落ちるところまで堕ちた」といわれ、ならばもっと堕ちてやろう、ますます占いの井戸の中へと没頭していったのでございました。

自分の存在、それは占いでありますが、それが誰かの役に立てば、それでイイのだと思うよーにしておりますです。