2022
06.11

膝から崩れ落ちそうな喪失感は、久しぶりでありました。
「明朝は、あの店で…!」
朝定を食おうと、昨晩から胸を弾ませていた、その立ち食いそば屋が、飲み屋に変わっていたのであります。

都内には、個人経営の立ち食いそば屋が、何件もありました。
それが、いつの間にか消えてしまっているのであります。

その店も、数少ない個人経営の立ち食いそば屋で、老人の店長と、親戚のオババが二人で頑張っていたのであります。たまに場違いの麗しいうら若きお女性が手伝いに入っていました、そんな日は、
「運がいいぞ」
多くの冴えない男たち、たとえば疲れ切ったタクシーの運ちゃんとか、これから現場に向かう作業員たちの眼も生き生きと輝き、店内の角の固い場所に設置されたテレビを見るそぶりをしつつ、そのお女性を眺めるのでありました。
「ああ、あんな娘と、恋を語り合えたら」
起こりもしない夢想でも、妙に足取りが軽くなるのでした。

もしも、気軽にお女性に、「暑くなったね、今日も」と声をかけるサラリーマンがいたとすれば、皆の衆は、毒素を男に浴びせるのでありました。
「オキテを破る狼藉者め!」と。
その絶妙な均衡で、お女性の操と、男たちの見果てぬ夢は守られていたのでございます。

その立ち食いそば屋が、
「ない…」
のであります。

私メだけではございません。タクシーの運ちゃんも工員も、呆然と立ち尽くしていたのでありました。

「コロナのせいだ」
と誰かが言いました。
「中国人がバラまいたせいだ」
「殺せ!」
「旅行に来たら、許しはしないぞ」
立ち尽くした者たちは、みな心で同感していたのであります。

画像は、仕方なく入った、チェーン店の小諸蕎麦。

美味いのです。
が、ぜんぜん違うのであります。

私メのポケットには、朝定Aの納豆に、ひそかに混ぜ入れるためにコンビニで買い求めたミニマヨネーズが入っていたのでありました。