2022
06.16

サントリーオールド。ダルマと呼ばれる銘酒。
数々の伝説のCMに飾られたボトルでございます。

私メは、一日の最後のしめくくりに照明を限界までしぼり、薄暗い部屋で洋酒を味わうのを習わしとしております。
痛風には悪いのでしょーが、グラスに氷をゴロゴロとほうり、なみなみと琥珀色をそそぐ時のしやわせのこれ以上はございませんです。

が、夜にはオールドは飲みませんです。

欠点は、黒色の容器ですから、どれくらい飲んだか分からず、もしも、しやわせの最中に「ない」と知った時の不吉を避けるためであります。

若いころ、高円寺の駅のずっと奥まった、大和町だったかに小さなバーがございました。
階上がアパートで、階下が美容室や中華屋、そして、そのバー。
10名も入れないカウンターだけの小汚いかび臭い店でありました。
その店に入り浸っていた一時期がございます。

チーママとも言えない、雇われた、痩せこけたお女性が一人でしきっておりました。
遠くで花火の音がしておりましたから真夏だったのでしょう。

客はひとり、ふたりと帰っていき、店には、そのお姐さまと二人きりになりましたです。花火の音も止んでおりました。
「イイのがありーの」
お姐さまが指を鳴らし、
もう二度と来ないお客の残したお酒だからと、このオールドを注いでくれたのでありました。
角瓶ばかり呷っていましたから、非常なる美味でありました。

が、二人で二杯目をお代わりしようとしましたら、そこで終わり。お酒が残っていなかったのであります。
「不吉っぽいでやんす。ケムンパスでやんす~」
お姐さまが眉をひそめて、お弔いをしようと言い出しました。
店先にしゃがみ、お姐さまはタバコの煙を、口をひょっとこにして黒いボトルの注ぎ口から吹き入れたのでありました。
痩せた首筋に汗が光っておりました。薄幸というベールを魅力としてまとっているお女性なのだなと、なんだか悲しくなったものであります。
とろとろとタバコの煙の動作を、何度か繰り返し、蓋をすると軽く揺すり、また蓋を開けました。
ついでマッチを擦り、二ッと私メに笑いかけると、瞳が燃え移ったよーに人魂みたいでした。そして、その火のついたマッチを軸ごと、ボトルの中に。

すると、瞬間、ボトルの中で炎が生き物の心臓のよーに赤色にともり、燃え盛りながら消えていきました。
弔いの儀式というのがコレでした。

「あたしたち終わりね」
「まだはじまってもいませんけど」
「なら始めてみてみる?」

結局はオールドをキープさせられたのでありました。

長々と書きましたが、このオールド。
まるで運命みたいなのであります。
外側からは幸運の残量がどのぐらい残っているのか分からない。それが幸運か、寿命か、恋の運命なのかはそれぞれですが。
不意打ちのよーに途切れてしまう怖さが、このオールドの面白さなのかもしれませんです。

しかし、夜更けに飲むのは、透明ボトルとしておるのであります。