2022
07.27

中学二年の、その一年間だけ担任だった教官の訃報がございました。
通夜に参らねばなりません。

死んだ時に呼ぶ人を書置きしていたらしく、私メの名もあったそ―であります。
幸か不幸か、ただいま実家におりますので、直接に連絡を受け取れましたです。

神保町の以前の事務所の住所は知っておりまして、一年に二度ほどの割合で分厚い封筒を受け取っておりました。養護施設に働き口を変え、そこでの医療体制について情熱的にしたためられておりましたです。

中学二年の担任でしかないのに、そこまでの縁が続いたにはワケがございます。

5月だったかに十勝沖地震が発生したのでございます。当時の震度は6。
教室は大揺れに揺れ、速やかに校庭に避難したのでありました。
その校庭を、いくつもの地割れが走るのであります。深さは1センチにも満たないのですが、ジグザクに幾筋もの地割れでありました。

さて、全校生徒が並び、点呼を取るはずなのですが、担任がおりません。
どこかで被害に遭っているのではないかと、探しましたが、どこにもおりません。

担任は、当時、新婚ホヤホヤでして、慌てて自宅に帰り、新妻の安否を確認したそーでありました。
午後に頭を掻きながら戻ってきましたです。

地震よりも大変な騒ぎになりました。
生徒からは「無責任」と罵られ、教官たちからは「職場放棄」としてお叱りを受けたとか。
HRの議場にも諮られ、殺気だち、まさに吊し上げでありました。
で、「オノ君は、それについて意見を言ってください」と委員長から指名させられましたので、

「先生の立場だったら、ボグも同じごとをしたんでねがど思います。んだってロミオとジュリエットみてだおん」
このひと言で、場が和んだよーでありました。

しばらくしてから、担任から電話があり、自宅に招かれました。
可愛い奥さんがニコニコして出迎えてくれました。ピンクのブラウスが眩しかったです。
が、出されたものは、平底のフラスコとアルコールランプ。
担任は理科の教官でした。
「ぼくはいつもこーやって飲んでいる。キミは恩人だ」
中身は日本酒でありました。
奥さんもニコニコして注いでくれました。
3回お酒を注いだまでは憶えております。

酔っ払い、耳まで真っ赤にしてグテングテンになって帰り、母に叱られました。

お酒を飲みながら、私メは、将来、本を出したいという意味のことを漏らしたらしく、以後、
「キミは文才がある」
と励ましてくださいました。
それで、私メの本をどこかで見つけ、わざわざ出版社に住所を尋ね、封書を送っていただいたのであります。
返事はほとんど出しませんでしたが。

あの奥さんも老いただろうなぁ。
「ざまみろ、ざまみろ、ざまみろ」
通夜で、泣いてしまったらどーしましょーか。