2022
08.01

最後の友人であるサイの命日が近いので、タバコを上げてまいりました。
彼との思い出は尽きないのでありますが、それはそれとして、サイの墓石の10メートルと離れていない場所に、母方の祖母、フラッパーの祖母の、イロの墓があるのであります。

私メが、もの心が付いたときには、フラッパーの祖母は、そのイロと一緒に暮らしておりました。30代で夫(私メの祖父に当たるお方)を失くし、女一人で三人の娘を育てたのですから、イロの五人や十人がいたっておかしくはないのですが、
「一緒に棲むなんて」
それについて、老母に「どんなお気持ちでしたか?」の質問はいまだにできません。

ただ、老母も叔母たちも「大矢さん」と墓参りをしているのでございます。
そう、イロの名前は、大矢権四郎。享年54歳。
株で生きていたということは、ぼんやりと聞いておりますです。
大矢さんのお陰で、モリオカの繁華街に土地があり、それが老母の代で小さなピルとなり、いずれは私メが引き継ぐことになるのであります。

ところで、この大矢さん。
小学校か中学になりたての頃、お使いで、二人のお家を訪ねたことがございます。
商家の広い玄関と、線香の臭い。遠くの鉄工所の金属を叩く音が遠くに聞こえるだけで、薄暗く静かなのであります。

大矢さんは柱に背をもたせかけて、私メと祖母の会話を眠そうに聞いておりましたが、祖母が立ち上がった時、その祖母の着物がまくれました。すると、そこに大矢さんの片腕がのぞいていたのでございます。
「あっ、いや」
祖母は、裾を直し、太い剛毛の腕をはらいのけながら、厳しく咎める視線を私メに投げかけるのでありました。
孫にむかって投げかける視線ではございませんでした。
ウヒウヒと大矢さんはしわぶいておりましたです。

裾の中の腕が、どーいう意味なのかを、知るには、私メはまだ幼かったのでございます。
しかし、意味は分からなくても、見てはならぬ淫靡な秘密があることは感じましたです。

そのとき祖母は60歳にはなっておらなかったでしょー。
温泉で、祖母の裸身を知っておりました。母より叔母たちよりも美しい双丘をもち、雲のような陰毛であるのでした。その時も、祖母は、幼い私メにたいして同じ目つきで睨んだのでした。

フラッパーの祖母も大矢さんも、すでに鬼籍のお方。
大矢さんの墓には、大矢さん以外の名前はございません。他の者が墓参りした形跡も、おもえば昔からないのであります。
家族もいただろうし、親とか兄弟はどーなったのか。
祖母の、あの裸身に魅せられて、すべてを捨てたとしか想像できないのでございます。

この世は地獄。
であれば、祖母と大矢さんのよーなヨロコビは数少ない獄楽なのかもしれませんです。