2022
12.25

雪が降ると、雪の中を歩きたくなります。
若い頃とくらべると、その誘惑はずいぶんと軽減しましたが、でもやはり、街灯の光の中で小止みなく降る雪が呼んでいる気がするのでございます。

雪に包まれて悲しくなりたいのでございます。
切なくなりたいのでございます。
失われた何処かに帰りたくなるのであります。

できることなら降りしきる雪に閉じ込められながら生き果てたくもなるのでございます。

今回のモリオカは、とても忙しく、老母の肥料づくりも容易ではございませんでした。
雪かきから始まり、特別講義に神経をすり減らし、それでも雪を見ていると変な元気がしたたり落ちるのであります。
歩きながら、
「自分に残されたやりたいことは、あと二つか三つしかないのだなぁ」
ふと気づいたのであります。
靴の底で雪のつぶれる音がいたします。
街は廃墟のように静まり返り、信号だけが規則正しく色をかえるのでした。

会いたい人は、と自問し、
「いない」
食いたいものは、
「なにもない」
思い残すことは、「それもない」

空虚な満足感が心に広がっていくのでございます。

ぷくぷくと放屁をしつつ歩く、この自由さよ。
歩き歩き歩き、そこで足を止めましたです。

そこから先は禁断の街角なのでございます。
しかし、私メの化身は、私メを置き去りにして、食堂街の一角へと背中を向けて歩き出しているのでありました。
私メは私メの雪にかすんでいく後姿を見送るのでした。

横町の二つ目の角を折れることを知っております。
すると、そこにガラス戸の引手が雪をかぶっていることでございましょう。
湿った赤い暖簾が風に揺れているかもしれません。
揺れた拍子に、油で汚れたガラス窓の中がのぞけるでしょう。
戸を開くとラーメンの匂いの湯気が眼鏡のレンズを曇らせるのでありましょー。
眼鏡をはずした幻の私メは、そこで働く、そこで働く、そこで働く、そこで働いている、
ジェンダーの蘭丸さまを発見するのでございます。

魂の抜け殻の私メは、枯木のよーに深く雪をかぶったまま立ち尽くしているのでございました。