2026
06.01

兄弟子に誘われて、いまは故人となった呪術家の講習を受けたのは、もうずいぶんと昔のことであります。

呪術は「光」と「闇」に二分され、自己の願いを達成する光。相手を害する闇。これらは明確に分かれているのではなく時と場合によって使い分けたり、合法させるのでございます。

ちまたでは、「人を呪わば穴二つ」などと言われておりますけれど、それは権力者の方便でして、彼らの身を護るための言葉でございます。

むろん、害する相手を憎んで恨んでどーしようもない場合がございましょーが、そういう心根では正しく呪詛することは出来ませんし、またそれこそ「穴二つ」になってしまう危険性があるのであります。

呪術を仕掛ける時は、感情を捨て、ただたんたんと事務的に作法を踏めば良いのであります。

しかし、この感情を捨てるという境地が難しく、常人には困難な断崖なのであります。

当時、私メは呪術をてんで信じておりませんでした。
幼稚なマジナイだと呪術に対して否定的だったのです。

多くの問題は常識で解決できることであります。70パーセントはそうなのです。
この常識は、普通の常識ではなく、人間が普遍的に宿している常識。つまり運命学でございます。
残る25パーセントは占いでカタがつきますです。
そして、あとの5パーセントが呪術。

ですから宝くじに当たりたいと呪術を使用してもまったく効果はございません。
とことん手を尽くして、それでもラチがあかない時に呪術の存在が光を発するのであります。

さて、私メは呪術を使いまして、「おおっ!」という効果を得たことがございます。
が、問題点が一つ。
効果の強弱がいまいち掴み切れておりません。
すこし懲らしめたかっただけなのに、重病に陥ったり、場合にはあの世に旅立たれたり。
この強弱をマスターしなければと、最近の妙なストーカーなどの出来事を契機に、思い立ちましたです。