07.27
中学二年の、その一年間だけ担任だった教官の訃報がございました。
通夜に参らねばなりません。
死んだ時に呼ぶ人を書置きしていたらしく、私メの名もあったそ―であります。
幸か不幸か、ただいま実家におりますので、直接に連絡を受け取れましたです。
神保町の以前の事務所の住所は知っておりまして、一年に二度ほどの割合で分厚い封筒を受け取っておりました。養護施設に働き口を変え、そこでの医療体制について情熱的にしたためられておりましたです。
中学二年の担任でしかないのに、そこまでの縁が続いたにはワケがございます。
5月だったかに十勝沖地震が発生したのでございます。当時の震度は6。
教室は大揺れに揺れ、速やかに校庭に避難したのでありました。
その校庭を、いくつもの地割れが走るのであります。深さは1センチにも満たないのですが、ジグザクに幾筋もの地割れでありました。
さて、全校生徒が並び、点呼を取るはずなのですが、担任がおりません。
どこかで被害に遭っているのではないかと、探しましたが、どこにもおりません。
担任は、当時、新婚ホヤホヤでして、慌てて自宅に帰り、新妻の安否を確認したそーでありました。
午後に頭を掻きながら戻ってきましたです。
地震よりも大変な騒ぎになりました。
生徒からは「無責任」と罵られ、教官たちからは「職場放棄」としてお叱りを受けたとか。
HRの議場にも諮られ、殺気だち、まさに吊し上げでありました。
で、「オノ君は、それについて意見を言ってください」と委員長から指名させられましたので、
「先生の立場だったら、ボグも同じごとをしたんでねがど思います。んだってロミオとジュリエットみてだおん」
このひと言で、場が和んだよーでありました。
しばらくしてから、担任から電話があり、自宅に招かれました。
可愛い奥さんがニコニコして出迎えてくれました。ピンクのブラウスが眩しかったです。
が、出されたものは、平底のフラスコとアルコールランプ。
担任は理科の教官でした。
「ぼくはいつもこーやって飲んでいる。キミは恩人だ」
中身は日本酒でありました。
奥さんもニコニコして注いでくれました。
3回お酒を注いだまでは憶えております。
酔っ払い、耳まで真っ赤にしてグテングテンになって帰り、母に叱られました。
お酒を飲みながら、私メは、将来、本を出したいという意味のことを漏らしたらしく、以後、
「キミは文才がある」
と励ましてくださいました。
それで、私メの本をどこかで見つけ、わざわざ出版社に住所を尋ね、封書を送っていただいたのであります。
返事はほとんど出しませんでしたが。
あの奥さんも老いただろうなぁ。
「ざまみろ、ざまみろ、ざまみろ」
通夜で、泣いてしまったらどーしましょーか。
やはり小野先生は、優しさ溢れる少年時代でもあったんですね。
機転がきく気配りの発言、流石です。
鑑定でこれはまずいなぁと言う時も、きっと
優しさと希望を与える答えをくださってるのでしょう。
それにしても、未成年者にお酒を振る舞うとは、
昔の教師は、大らかさがありましたね。
昭和はなんだかんだ言っても
良き時代だったかもしれません。
●十傳より→教官は、ひとつの「?」でイイのだと学びましたです。最近は、エロ教師が多いと取りざたされておりますが。。
何故かホロリとしてしまいました。
令和の教師達には何も響かないでしょうけど。
●十傳より→なんの期待もないですね。
先生にも落ち度はありますが、それは学校側に任せればよく
中学生の分際で先生を糾弾するとは生意気なガキどもだったんですね
しかも自分の担任を、です
学生運動の影響が最果ての地にもあったんですか ?
●十傳より→さーて時代なのか、校風なのか、いわば実験校だったよーな。
そもそも一人の教師が、1クラスの生徒たちを守るのは無理ですよ
生徒達は守ってもらえるのが当然!と言う考えがあったんでしょうかね?
●十傳より→さーて、そーいうことではなかったよーな。イジメの構図でありましょー。
虐めって、不幸の濃度が濃い人ほど
あいつが、あの野郎が悪い!と騒ぐのなんの。
普段、何もしないでいるくせに
虐めスイッチが入ると俄然、張り切り
物凄い行動力で、他人を扇動します。
正義を振りかざすというか、
正義とは一悪を心に止どめ
(正しいという漢字を分解すると一、止めるですので
その真ん中に憎しみや、妬みや、怒りの悪意が入るんではないかと思います)
勝手解釈の大義名分なるもので、標的の人物を吊し上げたり
血祭りにすることなのかなぁと思います。
●十傳より→集団催眠でしょーか。ワクチン接種もその一つかも。
お写真がなんともレトロでノスタルジックでありますね。井上陽水の少年時代が
いまにも聴こえてきそうであります。
●十傳より→旧校舎でございますです。
小児科の駐車場で、太めのお母さんが、痩せた小学生の息子さんを口論の末、
お母さんが息子君の頭にげんこつかましている所を見かけました。
●十傳より→目撃しましたか…。
その学級のガキどもや委員長、その後どんな顔で担任の授業を受けたんですかね
お互い気不味くなるだけでしょう
政治的判断の長けたものならば、「無責任だ」等の責任追及などしません
中学生にしてレーニン主義者がいたんですか ?
担任の授業に際してそいつらがどんな顔してたかが知りたいです
●十傳より→兄や姉の影響もあったかもですし、青春ドラマみたいに燃え上がりたい年代ですからね。あとは、他人のことは、もう忘れてしまいましたです。ただ、担任が一年間で降りた原因にはなったのであります。
先生がたが育成した東北の若者 フィギュアや野球で世界に天才を輩出。
若い世代のセンス最高。
学者さんやお役人が支配する日本の学校。戦勝国の英国はウクライナに軍事支援。
敗戦国日本は? 子供の素朴な疑問に、英国との違い説明も大変そうです。
今は情報があふれてます。
無責任や放棄…同盟で仲間と戦わないと、海外なら、村八分では済まされず
敵に既に内通か、敵陣営に間もなく陥落すると信用を失くすのでしょう。
東洋は、中庸や中立が、陰陽の調和だとインテリは思いがちですが…
中心は、どうなっているのか?
中立の非武装の空白、緩衝地帯、真ん中になることは、本当は両方から攻められるリスク
これを抱えているからでしょうか。
空間的に考えても、五黄 天禽? 凶星 中心の星の恐ろしさ。
大陸系の考え方。重い意味がある気がします。
ピンチに中心である指導者が不在。エキゾチックJAPAN、身をもって学ぶ良い体験。
ざまみろのお話をいただき、感謝でござります。
●十傳より→団結もオショシイし、バラバラになって孤独死もイヤ。困ったサル民族であります。
先生の一言が袋叩きにあう担任の先生を救ったのですね
人は育った環境にもよりますが、生まれ付いた性質
若年である中学生のころから、心人の心は何かを理解していた先生
その先生自体を理解できる同級生
そればかりか、大人たちも皆無だったのではないでしょうか
担任だった先生、小野先生の言葉でどれほど救われたでしょうね
古き良き時代
江戸時代の名も知れぬ人物が残した文に「昔は良かった」と
この世に生を受け成長し、成人し我武者羅に生きた人生
自身の人生が次なる時代へとバトンを渡された時
あまりの価値観の違いに「昔は良かった」と過去を懐かしむのかもしれませね
昔は、先生と生徒との関係
それでも尚、生徒が先生を敬う気持ちがありましたし
もっとお互い親密であったかのように感じます
今は亡き私の一番上の兄は、巨人の星の花形満のごとく
自分の運転する車で高校へ通っていました
兄は担任の先生と友達関係になり、日常的に担任の先生のお宅に遊びに行っていました
兄は父親の影響から尺八を嗜んでおり
担任の先生のお宅でも、日々、夜の静けさの中
ホウぉ__ホウホウ ホぉ__ という音色を響かせていたようで
隣に住んでいた小学生の私の担任である年配の女性が
「あなたのお兄さんが奏でる尺八の音、本当に素敵ですね」
そう言ってくれたのを今でも覚えています
ある日、高校生の兄は担任教師とお酒をしたたか飲み
酔っぱらって 電柱に車で自爆したそうです
助手席に高校の担任教師
現在でしたら ネット上で ボコボコにされていたかもしれません
本当に 昔は良かった
●十傳より→みんなネットに神経質ですよね。見なければイイのに。
小野先生やみなさまからステキなお話をうかがい感謝です。
酒を酌み交わす…本当は日本では、祝祭の縁起の良いことですね。
●十傳より→なかなかそーもいきませんですね。