2026
05.03
05.03
SMSで高評価の店がございます。
が、☆4つとか、そういう店は、だいたいにして、
「見掛け倒しだった」
みたいに感じるところがホトンドであります。
以前、あるパーティに参加したところ、食事の前菜を前にして、
「待ってください」
と司会者が、「イイねボタンを押して、それが一万件を超えたら食事といたしましょう」といい、みれば各人の前には、スマホが置かれていたのであります。
仕方なく「イイね」を押したら、司会者が「1万2千件を突破しました!」と叫び、それを示すパネルを示しました。
次の料理が運ばれるごとに、「イイね」ボタンを押さねばならなかったのであります。
占いのパーティでしたが、おそらくどこかのサイト会社と提携し、そのサイトの件数を高め、その会社は、料理屋などに、トップ画面に載せるには、「月20万円です」などと売り込むためでありましょー。
情報というものは、そーやって作られていくのであるのだと思いましたです。
そーして大した味でもない店の料理を、「美味しい!」などと大騒ぎするTVで、人々を惑わすことになっているのだと直感した次第。
さて、神楽坂には、そんな作られた情報とは関係のない美味しい店が存在いたします。
とくにワインの美味さは追随をゆるさないほど。
当然、店内はガラガラ。
しかし、割合に安く、バカに美味しいのでありますから、「このままそっとしておいて」と願うのであります。
そして、頭の一方では、
「流行らない店が続いているのは、別にヤバイ仕事をして、それをカムフラージュしているのでは…」
という疑いも浮上するのであります。
そのうちに悪だくみを持ちかけられるのではないかというズキズキする期待も。
どの分野も
紛い物の評価に撹乱させられて
関心と感動の区別がついてないように思われます
味の質に対して
他者から惑わされた判断を下し、
評価をよくしてしまう
誘導されたこうした評価を鵜呑みにせず、
やはり自分の好みで決めることは
本質を見抜く力による
自分の感動
美味しいものはやはり美味しい
知名度ではなく自分が幸せを感じる味にこそ
食の素晴らしさがあるのかもしれません
●十傳より→とくに日本人はダマされやすいのであります。
ストライクゾーンは(アンパイアではなく)自分が決める、
と言った長嶋ですが、料理の美味い不味いを決めるのは
「いいね」ではなく自分だと強い意志を持ってほしいものですね
●十傳より→まったくであります。