2013
01.29

夢のようであります。
湘南テラスモールの4階にあるシネマズ109で映画を見たのでありますが、私メの若い頃の映画館とは比べ物にならないほどの設備であります。

立っているだけでおしょしいのでございます。

モギリのネェちゃんはどこにもおりませぬ。
映画の看板もございませぬ。
独特の臭いも、黒い緞帳もないのであります。

座席もビジネスクラスのようであるのでした。

これでは映画に行くにもオシャレをしなければなりませぬ。

人間というか日本人は、こういう雰囲気に憧れていたんだなぁ、としみじみ感じるのでありました。

やや、柱に私メが写っているではありませぬか。
見渡しましたけれど、それらしきカメラがあるわけではありませぬ。
ふにゃらふにゃらと、動作とはいってんぽ遅れて写るのでありました。

これでは時代に置き去りにされるのも当然でございますです。

「もう少し、優しく書いていただかないと、いまの人たちは傷ついてしまいます」
なんて編集者に指摘されるのも当たり前かもしれませんですね。
当たることより、優しげなムードが大切なのでありましょから。

が、もしも震災があり、この幻のような建物が流されたとき、とたんに厳しい寒空にさらされるという現実が待ちうけているのであります。
「それくらいのことみんな分かってますよ。いいじゃないですか、みんな夢を見たいのだから」
と頭のどこかで誰かがため息していますです。

空港の搭乗手続きのようにして、それぞれが、それぞれの目的の上映の部屋へと吸い込まれていくのでありました。

どうように私メも。

昔の粗末な映画館が懐かしくなるのでありました。

映画だけではなく、色々なモノが様変わりしているのでありすですね。

メシを食い、クソをたれて寝る。愛しているとか嫌いだとか大騒ぎして、たまにおセックスを楽しむという基本ペースは変わりませぬが、環境が変化しているに過ぎないのだと自分を納得させるのでありました。

どこかでクシャミをしているその音が、妙に人間臭く、しかしクシャミをすることはココでは許されないタブーに近いことのような気にもなるのでございました。

映画を見終わったら、バカに腹が減り、食料品売り場でトンカツを買って、家で貪るのでありました。
足りずにカップうどんもすすり、しばらくやめていた煙草に火をつけたのでございます。

イイ気分であります。

映画と煙草とは、私メのなかでは一本に通じているのでございます。
映画館の臭い便所の中で、煙草を吸い、けむりが窓の網の目から雪空とぬけていく湿った光景が、前世のことのように思いだされるのでございました。

  1. 体に悪いものを食べると、なぜか元気になります。

    ●十傳より→一休さんの和尚さんが蜂蜜を「毒だから」と隠していたように、カラダに悪いとされているものは、じつは良薬であることも考えられるのであります。