04.15
『淡路島 かよふ千鳥の鳴く声に
いく夜寝ざめぬ 須磨の関守』
源兼昌
一般訳は次の通りであります。
「淡路島から飛び渡ってくる千鳥の悲しげな鳴き声のために、幾夜目をさまし眠れぬ夜を過ごしたことであろうか、須磨の関守は」
なんと愚かな訳でありましょうか。
この歌は、モテぬ男の悲哀の歌なのでありますです。
兼昌は源氏物語の愛読者だったとか。
淡路島は、光源氏が、兄の朱雀帝の彼女である尚侍君と関係し、それが露見したために、都にいずらくなって住みついた場所でありました。
モテない兼昌は、源氏と言う名前と、自分とを重ね合わせ、お女性が読む「源氏物語」をむさぼり読んでは、その世界に自分を慰めていたのでありましょう。
「オレだって、須磨のような田舎にいればモテモテになるはずだ…」
と考えるのは、今も昔も同じかも知れませぬ。
オノヨウコが、オブスな日本人の理想かもしれませぬし、アメリカからも相当に酷い女たちが、「日本なら男に大切に扱われるにちがいない」と勘違いして、来日したりいたしますですし。
が、現実は厳しいのであります。
●かよう千鳥→交う千鳥→男女の交合
●鳴く声→快楽のよがり声、口吸いの音
●須磨→素股→オナニー
●関守→関を守る→貞節を守る
このように解釈することができますです。
すると正しい意味が浮かび上がるのでございますです。
ーー女にあぶれて寝ていると、隣からイチャついている男女の声が聞こえてきて、眠られなくなった。愛する女のために浮気をしないように我慢している関守ならいざ知らず、オレはなぜモテないのだろう。オナニーでもしないことには、とてもじゃないがたまりませんことよーー
兼昌は、実際には須磨に行って詠んだ歌ではないことが、彼の諦めの気持ちを如実に物語るのであります。
とうとう、のちに坊主になったのでありました。
光源氏は
「友千鳥 もろ声に鳴くあかつきは
ひとり寝ざめの床もたのもし」
(目覚めたら、どこからかおセックスを楽しむ声が聞こえる。ヤレばいいのだ。私はもう昨夜のうちにたっぷりと楽しんだから、その声を子守唄にしてもうひと寝入りすることにしよう)
むろん、紫式部の創作でありますが、このような余裕ある境地に、兼昌は、どんなにか憧れたか、違いありませんです。
平安時代の非リア充オトコってことですね。
「源氏物語」は時のエロ本。源氏の君はいわゆるカトウタカ氏的な…
在原業平とは時代が違うようですが、きっと彼のコトも羨ましく思っていたのでは…
●十傳より→源氏物語は行平や伊周をモデルにしたとか、でありますし。
すごいですねぇ…
源氏物語ではなく、小野先生が、です。
小野先生解説の源氏物語も楽しそう♪
●十傳より→エッチ物語になるのは避けられませんでしょうね。
オノヨーコ、80歳の谷間は何のため?
●十傳より→いやはや、オブスの底力でありましょうか。清き入滅を祈るばかりであります。
祈るばかりです!若いころから不気味でしたが、80の見せ谷間と鼻サン(グラス)の定番スタイルは、真似しないでね!と日本の高齢女性に釘さしたくなります。が、増えてもおもしろいかと。それにしても年をとるとは実に恐ろしいものですね。
●十傳より→最大のホラーであります。また、彼女は日本のお女性の悪い手本ばかりであります。きわめつけは、亭主の名声を利用してしゃしゃり出ていることであります。鳩山のカカァしかり、藤本義一のカカァしかりでありました。