02.24
もう25年ぶりになるだろうか。
神楽坂の路地裏にある、この店に来たのは。
この店の親父は帝国ホテルの料理番で、そこを辞めてから松戸でとんかつやを開き、そのご苦労して神楽坂に店を出したのでありました。
私は開店祝いに、この店にきたことがございます。
いまの店主は二代目。
しかし私によく、うまいトンカツを作ってくれて、土産も持たせてくれたではないか。
貧乏だったからたすかったよ。
親父さんはなくなったんだろうか。
最後にあったときには糖尿病で歩行も困難だったからなぁ。
タケシはお前の弟だったなぁ。お前の名前も忘れたから、きっとお前も私のことなど覚えていないかもしれない。
その弟はどこに行ったんだ。当時は店で働いていたよ。
よくみるとカメラ目線をしているじゃないか。ということは、記憶のどこかが刺激されているということだろうか。
背を向けたこの客を、どこかで見たことがあるぞ…と。
あれからお前は結婚したようだなぁ。すこし太った店員が奥さんなんだろう。
トンカツ屋に嫁がきてくれるわけがないと、お前はこぼしていたけど、よかったなぁ。
とんかつ定食900円か。
ひさしぶりだから、少し奮発したかったけれど、まあ、ソレにすることにしよう。
んんっ。
味は落ちておりませんなぁ。
ころもの揚げ方も上々。
キャベツはいまも手で刻んでおります。
このキャベツの刻み方がこの店のウリいうか昔堅気でありまして、肘は腱鞘炎ということだったなぁ…と思い出したのでありました。
機械で刻むのはダメだって肘をさすりながら、お前は語ってたなぁ。その横で親父がうれしそうに煙草をやってたなぁ。
これ以上のトンカツを食ったことはいまだありませぬ。
とても嬉しくなりましたが、
「オレだよ、おれ」と名乗ることもなく、店を後にしたのでありました。
忘れたはずの記憶がいちどに頭にみち溢れていたのでございます。