2011
04.13

大山阿夫利神社の中の院の境内は以外に荘厳なのであります。

社には地下がございまして、湧水だの和合の道祖神のようなものまでキチンと祭っておりまして、驚くのはお神酒まで用意されているのであります。

いちおうはお賽銭を入れなければなりませんけれど、誰も見ていませんでしたのでタダ酒いたしました。

水筒を用意すれば、そこにお酒を満たしても…などと考えたのであります。

さて、境内に戻ると絵馬がありました。

うわっ、不気味な願い事でありますねぇ。
「生まれ変わってもずっと一緒!」だなんて、背筋が寒くなりますですよ。

が、こういうのを本当の愛というんでしょうかねぇ。
私にはできないことであります。

だいたいにして来世とか生まれ変わりなどを信じていませんからねぇ。
イイ歳をした人たちがスピリッチャルか何かを信じて前世とか来世とかを、ばかにマジで論じているのを見ただけで、もう襟首を掴んで「大丈夫か、気は確かか?」とゆさぶってやりたくなります。
もちろんそんなことはいたしませんけどね。

そして、この画像であります。
ホモくんなのでありましょうか。

ホモも愛なのでありましょうか。
聞いたところによるとホモもレズも、絶対数が少ないので、相手に去られると次のお相手が見つかるまで相当な苦労をするそうです。なので相手に執着するのだとか。
レズの間に入って愉しむのは悪くありませんけど、ホモはダメであります。

が、ものの本によりますと、愛の最高峰はホモだとか。ギリシアの時代からそうらしいのであります。
次に正しい愛は男女の愛。
もっとも汚らわしいのがレズとか。

真偽のほどは分かりませんけれど、愛と名がついただけで愛が腐敗したような気がするのでありますです。

また、絵馬とか歌謡曲の歌詞を見ているとぞっとする場面に遭遇いたしますですね。

いやはや、そういう愛は求めてはおりませんですよ。
冷たい愛でいいのであります。
スケベ愛だけで十分。
あとは人里離れた小屋で一人でイヌと暮らしたいのが本音であります。

震災の被災者の方々に対する「助けてあげたい」という誠意も、もしも私が被災者なら気持ち悪いというか、有難迷惑というか、腹立たしいのであります。

…ところで、被災者になかにフーゾクの女の子もいるはずですが、いっしょに学校に避難しているのでありましょうか。それとも数多い男たちの誰かの家にもぐりこんでいるのでしょうか。非常にスケベ心が刺激されるところであります。