2012
09.08

帰宅して汗を拭いていましたら、宅急便が届いたのであります、

リンゴでありました。
郷里の高校の担任からでありました。

一個つかんで、ズボンでこすって、かじりました。
メリメリっと林檎の木の幹がわれるような音をたてました。
甘酸っぱい香り、それは奥羽山脈から吹きおろす風の匂いでありました。

「さあ、みんなして歌うんだぞ!」
と、40年前の担任の声が聞こえるようでありました。
「マンチェスター、エト、リバプール~♪」
と帰りのHRの最後に、担任の指揮のもと、クラスのものどもは、この歌をうたうのでありました。

「もう林檎の季節なのであろうか」
関東はまだ残暑。いや東北も関東以上の気温だと、天気予報は告げております。

お礼の電話をしたら、
「おうおう、届いたっかぁ」
83才のかすれた声の底に、当時の響きが残っておるのでありました。

電話を切りましたら、九月の日差しが部屋に差し込んでいるばかりなのであります。

同時に、女子高の不良少女の顔がなびくのでございます。
ふたりで生活しようとして失敗し、東京から強制送還された夜の東北本線の窓ガラスで目を合わせた、彼女のなにか言いたい顔が、不意に浮かぶのでありました。
彼女と、最後にあったのは郊外のバス停でありました。
「あんたね…わたしがいう言葉でないけど、甘いとおもう」
もう、顔を合わせることなく、
「じゃあね、また…」
と、それからの記憶はありませんです。

「オノくん、おまげしておいだからな」
と三年生の二学期のおわりころに、担任に呼び出され、「これは秘密にしてもらわねばな」と念をおされ、見たら、成績も出席日数も下駄足をはいていたのであります。
いまでは文書偽造でありますです。

が、不良少女と別れてから、かなりすさんた生活をしておりましたから、その偽造の内申書がなければ、別の生き方をしていたことでありましょう。

そして、「マンチェスター&リバプール」であります。
ものどもの声の限りのだみ声が聞こえるのであります。

喉が渇いていたわけでもないのに、
まるで地獄の餓鬼のように、またたくまに三個のリンゴを平らげたのでございます。

カラダの中で風がたち、胃袋のなかからリンゴどもは私メの名を連呼しているようでありました。
「かえってこい、もういいんだから、はやぐ、けってこ」と。

すでに仲間たちのたいはんは荷物をまとめて東京をさっております。
飲み友達もほとんどおりません。
が、私メには、きっとまだ、やらなければならないことがあるのだろう。
何者かが命じているようなきがするのでございます。
もうすこしだけ待ってろ、それがすんだら還るから、と腹をさするのでございました。