10.13
日課の一つに、亀の甲羅洗いがございますです。
日に一度、水槽の水を取り換え、こうやって亀の甲羅を手のひらで洗うのでございます。
カメ子も、この日課を心待ちにしているようで、二階のベランダで水槽に水を入れていますと、
「はやく洗ってよ」
と、近寄ってくるのであります。
甲羅は亀の大切なところでありまして、消化作用を司っているのであります。
水道水の冷たさを気持ちよさそうに浴び、いまでは頭とか手足も洗わせてくれるのでした。
が、今日は、やや雰囲気が冷淡であります。
餌の食い付きも、いまひとつ。
冬眠の時期が近いのでありましょう。
急によそよそしくなり、まるで別れたお女性と街で鉢合わせしたように、カメ子は私メを他人のように首をちぢ込めるのでございます。
水槽の水が馴染むまでの小一時間がカメ子の運動の時間帯。
部屋中を走り回り、イヌのゲージの裏をひっ掻きまわしたりいたします。
ロメオが、そのカメ子の首や足に噛みつこうといたしますが、カメ子も慣れたもので、いちいち身をちぢめつつ、目的の場所まで駆けるのであります。
なかなかの速度なのであります。
でも本当は冬眠の場所をさがし求めているのかもしれませぬ。
すでに13歳ほどになったのでありますが、いたって元気。
亀の寿命は60年と言いますから、このままでは私の死んだあとも、もうやって生き抜くことでございましょう。
楽しいかどうかは別の話でありますが。
ロメオもカメ子も寿命なんて知らないのでありましょう。
過去も未来もなく、その観念に苦しんでいるのは人間のみ。
将来に備えようとしたところで、じつは備えられないのが現実であります。
そんな人間の弱みにつけ込むのが、保険とか、震災に備えての備蓄の業者どもなのでありましょうか。
現実は、過去の蓄積というのもどうもヘンであります。
過去は幻想にすぎず、未来も同様でありましょう。
いま、この一瞬しかないのが本当なのかもです。
とすれば、過去や未来の観念を持たない動物を下に見ている人間ほど愚かしい存在はございまい。
危機に関するカンを、動物を見習って磨くことが、大切だということになるのでありましょうか。