03.26
電話があり、
「約束のモノを採ってきましたから…」
本屋のオヤジからでありました。
最近はめっきり減った、しょぼくれた本屋を、私メは利用しておるのでございます。
「もうねぇ、店を閉じようかしらんと思ってるんです」
などとお客にこぼしつつ、それでもダラダラと商っていて、本を買うと飴玉をいくつかオマケにくれるのであります。
そんな子供だましでお客が贔屓にするわけはないのでありますが、でも、なんとなく立ち寄るのでありました。
「こんど小田原でね、菜ばなを摘んでこようと思ってんの。よかったらお分けしようかしらん」
その電話でありました。
「はい、正真正銘の無農薬よん」
いささか、ホモ臭い気はするのでございますが、そういう人種には慣れておりますです。
ちなみにではありますが、ストーカーっぽいお女性にも、いつしか慣れてしまうのが、私メの職業かもしれませぬ。
「オノさんは奇妙な人たちを集める力があるようだね」
と同業者に囁かれておりますが、これも致し方のない宿命というものでありましょうか。
まっ、新鮮な菜ばなを、ジュワと揚げるのでございました。
黄色い花を焦がさぬようにしなければなりませぬ。
揚げ方は、これが実力の限界でありましょう。
サクッ、カシャ!
口の中で菜ばなの天麩羅が壊れるのであります。
ザグッ、ガジャというように濁音を帯びる東北弁では表現できませぬ。
やはり、東京のお女性はイイなぁと、ハミングしたい気分に近い感触なのでございますです。
蕾のプツプツが、舌先をころがるので、そこがまた肉体の春を刺激しないでもありません。
「なぜ、楽しそうな表情をするの?」
菜ぱなは尋ねるのであります。
「え、そんな顔してた?」
「してるよ、上機嫌すぎ。まるでラブホに入る時みたい」
テンツユに浸すと、菜ばなとはおもえない体臭が立ち上りました。
「おまえだって嬉しいくせに」
「いいね、こんな感じ、きらいじゃないよ」
お礼の電話をいたました。
「堪能しましたよ」
「それは、それは。よかったら…」
オヤジの誘いを上手にかわし、電話を切ってから、天カスを箸でひとつひとつ拾い口に放り込むのでした。
菜ばなの残り香が、歌のように心に広がるのでございました。