04.19
サクッと噛んだとたんに、忘れたことが時を超えて炙りだされてくる天ぷらでありました。
モリオカの東のはずれにある産直の傍らにある食堂でのことでありました。
天ぷらそばを注文したら、画像の素朴な天ぷら。
それが、ハコベの天ぷらだとは分かりませんでした。
「これは…?」
と尋ねたら、厨房のオバハンが、言ってはいけない、明かすと叱られるのではないかと言うような表情で、
「ハコベでがんす」
と答えたのでありました。
土の香りの春の味覚なのでありました。
店の下を流れるのは梁川。
九州の柳川ではありませんです。
「やながわ」という音の響きは、その九州の柳川にいっても、私の中ではモリオカの梁川とダブルのであります。
梁川はヤマメとイワナが釣れる川でありました。
まだ岡釣りの楽しみを知らなかった中学生の私メは一時期、激しく釣りに夢中になりまして、自転車で20キロもの道のりの、この梁川に通ったことがありますです。
とろとろと流れる渓流は健在でありましたが、もう釣り糸を投げる気持ちは失せておりますです。穂先から伝わる微妙な魚の手ごたえも忘れておりますです。
むっちりとした男根のようにふくれた魚の腹がにび色にくねりながら釣りあがる充実感も忘れておりますです。
梁川を蕎麦屋から見下ろすばかりでありました。
四月半ばだというのに、ときおり雪の舞う川べりには、しかし春のあかるさがあるのでありました。
「ハコベ」と言う響きも懐かしく、
「ハコベの天ぷらは初めてですよ」
とオバハンに笑顔を送った私メは、たしかに過去の野山を見ていたに違いありませぬ。
畑のハコベを取らないと野菜の種は撒けないのであります。
春はハコベをむしることからはじまるのであります。
ハコベの根は横に広がるので、むしる作業に苦労はいりません。
根の切れる音と土の匂いがよみがえるのでありました。
唐突に、自分だけの快楽のためだけの射精をしたくなったのは、とういう心の作用なのでありましょうか…。