2014
08.05

見知らぬお女性が、苛烈な陽光に中を、自転車で卒塔婆を担いでいるのでありました。

真夏には法事が良く似合いますですが、かような風景は珍しく
カシャリ!

振り返って睨まれたのは、この画像の二秒ほど経過してからであります。

お寺で書いてもらったものを、自宅の近くの墓地に運ぶところなのでありましょうか。

私メは、占いで立ち往生したことがありました。
三十代の後半の頃であります。
占い団体から追放され、にっちもさっちも行かなくなりました。

で、考え付いたのが、卒塔婆を五本ほど背負い、マント姿で「腹切り占い」をニューヨークのど真ん中でやろうか。ソレでありました。

真剣に予定していたのであります。

野武士が背中に何本もの矢を射かけられたその姿を、卒塔婆でデフォルメすれば、ニューヨークで流行るのでは…、そして逆輸入でジャポンでも…と思いつめたのでございました。

かような思い出に浸りつつ、松屋でビビン丼。

いつものようにドレッシングというドレッシングをぶっかけて、ゾリゾリと胃袋に流しこむのであります。

あれから、色々なことがありまして、美しいお女性、心だけがキレイなお女性たちともたわむれたのでございましたな。

孤独の中で、お経のように断易の「60の占例」を読みつづけ、咀嚼し、丸暗記し、耐えていたことが、つい昨日のようでございます。

が、卒塔婆でニューヨークに行く前に、別の運が巡ってきました。
もしニューヨークでやっていたならば、どーだったのでありましょうか。

なかった過去など考えても仕方ないではないかと、卵を潰しましたのでありました。

その「60の占例」をそろそろ第一期生に公開しなければなるまいて…と思っておりますです。

「ええっ、それアリですか!」
という秘伝があり、しかし、そこに気付くには、お一人でお勉強する時間が必要かもしれませぬ。

「くそっ、くそっ、くそ、くそ、くそ!」
と非業にあえいだときのパワーは、血となり肉となり、ズルさとなって、はじめて運命学というものの正体のつま先に辿り着くのかも、でございますです。