2014
12.13

東京駅のホームで東海道線に乗り込もうとして、ふと空を仰いだら、恐ろしい雲の色でありました。
欧羅巴を旅行すると、よく空の色に圧倒されますが、東京でもこういう空を見ることの出来る日があるのかと、得をした気分になったのでした。

天使でも舞い降りるような空の下を、東から西へと走る電車にのっているのだなと考えると、ちょっとした幸せを感じますです。

が、本日のCAは残念なことに男でしたから、チューハイを頼むのは断念したのでございます。何事もイイことには水を差す存在がいるものですね。

むかし叔母に、「今日と同じ雲はないのだから大事にするんだよ」と言われたことがあり、何を大事にすればいいのか、今もってわかりませぬ。いいえ、分かっておるのであります。

断易でも同じ卦が出ることは、月建日晨を考慮すれば、ほとんどございません。ですからそう思って、大切に卦を見なければなりません。

今日と同じ雲はないということは、昨日の雲を見ることはできないことであり、それはそら恐ろしさを孕んで心を乱れさせるのでございます。

あの日、叔母は何を考えていたのでしょうか。
恋に破れ、修道女になろうと決心したのに藤沢の教会に断られ、祖父に勘当されてモリオカ駅で途方に暮れていたところを父と迎えに行き、それからしばらくしての橋の上での「今日の雲は…」のフレーズでありましたから。
そういう叔母といると自分まで不仕合せになると感じていたのでした。

だから私メは何を大切にすればいいのか、分からぬことにしていたのでありましょう。

東海道線の窓外は、すっかり夜に闇におおわれ、もはや、にどとあの雲を眺めることはできなかったのでございます。