2015
06.24

くちびるは夏の花のような毒をもっているのでしょうか。

街はずれのビルの壁に風をよけるようにしてマッチを擦ったときの束の間のまたたきのなかに、くちびるはあらわれて消えていくのであります。

それは遠い記憶でございましょうか。

保健室には、いつものオバちゃん先生はおらず、教育実習生、いわゆる教生のネエさまがいまして、
「熱があるのは良くないわ」
と、自分のおでこを私メのおでこにくっつけて「たいした熱じゃないみたいね」なんておっしゃいました。
窓際の白いカーテンが風にゆれて、たしか夏のはじめなのでありましょうか。
教生のくちびるから化粧品の匂いが下品に香り立ち、けれども、その上下の襞がきざまれたくちびるから目が離せませんでした。

葱に舐められたという感じでございました。

もういちど、というように葱の感触が生ぬるく入ってきたのでございます。

まだ私メは陰毛が生える前のことだったことは、そのあとで便所に入った時、上級生のキンタマにごわごわと毛があったことに驚いたわけで、それは確かなのでございます。

私メよりもたぶん八歳ほど年上でしたから、いまでは、ええっ、70歳近くではありませぬか。

街はずれでマッチを擦って煙草に火をつけたお女性とのことも、あれあれあれ、30年近くも過去のこと。

さぞ、くちびるが老けたことでありましょう。
くちびるは、キスをしただけでは老けませぬ。
モノを食ったって、歌をうたいすぎても、フェラに熱中しても、それは若返るだけで老けることはないでありましょう。

老ける原因は毒を吐くからでございましょうか。
いえいえ、男に毒づくのはイイ女の証拠。
では不味いメシをおしこめるからでありましょうか。
それはそうかもしれませんです。

老ける原因は、しかし、「愛している」と言ってしまったからでございます。
「しやわせ」とつぶやいたからでございます。

心が満たされるとお女性はくちびるから老いていくのでございます。
目が潤んでいても、オッパイにはりがあっても、くちびるから若さがぼろぼろと剥がれ落ちていくのでございます。

お嬢さま、不幸を嘆いてはなりませんですよ。
不幸であれば、それだけくちびるは艶やかに可憐に清純でありつづけられるのでありますから。
嘘だと思うなら鏡で見れば、すぐにわかりますから。
暗闇でマッチを擦って、鏡に映る自分のくちびるをご覧あそばせ、むかしのお嬢様も。