2016
07.26

すべては枯れ逝く運命なのでありましょうか。

すべてであります。

濁情も、ブログも、人間関係も、お花のように、やがてはこのありさま。

そして、それでイイのであります。
また、そうでなければなりませぬ。
奇門遁甲に「死門」がございますが、死門を怖れていては生門を発展的につかえませぬ。
すべてポジティブになればイイというものでもありますまい。
ときにはナーバスになり、落ち込み、なにもかも嫌気が差さして当然であります。

悪いものを排除しよーとしたって、一日中、トイレにこもっているわけにも参りませぬ。美味しいものを食うことも大切でありますし、ウンコも大事でございます。

そーしているうちに、夏の花が咲き替わるわけであります。

四柱推命卒論科への申し込みもいっぱいになりつつあるよーであります。

このテキスト作りをするうちに、激しいまでの人間嫌いになっておるのでございます。

人というものは、こうすれば、こ~なる。こ~なればあーなる。と見えてきますから、人間に飽き飽きするのでございますです。

イルカが芸をした直後に、係りの人から餌を与えられているのを見ているよーな感じでしょうか。

枯れれば、また新芽が別の美しい花を咲かせる。
しかし、このことだけは、まだ飽きていないのが救いかもしれませぬ。