10.09
ハロウィーンの季節らしいのでありますが、昨日の神戸からの帰路の新幹線ほど怖ろしいモノはございませんでした。
のぞみに乗り込んだ私メは、二日間の講義の疲れで、うたたねをしていたのでございます。
その、うたたねを覚ます臭気がございました。
屁ではございませぬ。
シューマイ弁当の臭いでもございませぬ。
「外人かな?」
薄目で伺いましたが、近くに外人の姿はありませんでした。
が、その臭いは、ゆっくりと濃くなってくるのであります。
まぎれもない腋臭でございます。
やがて、前の座席の背もたれの間から犯人が見えてまいりました。
売り子であります。
それも男の売り子であります。若いイケメンさんなのでありました。
彼は「コーヒー、ビールはいかがですか」
優し気な声を左右に向けながら、おごそかに私メの座席に近づいてくるのでありました。透明の腋臭のガスを放ちつつ。
神戸の最高気温26度、大阪28度という10月なのに暑い日でしたから、イケメンさんは一生懸命に働いたのでしょーか。腋臭のカタマリと化し、処刑台を押す魔物にしか感じられないのでございます。
毛羽立ったつかつかと鼻孔に刺さる如き臭気に、
「はやくはやく立ち去れ、はやく」
息を止めるのですが、「お客様のためにゆっくりと販売しよう」のポリシーなのか、それともおのれの腋臭を知っての嫌味なのか、それは知りませぬが、海女でない私メは、もはや呼吸を止めているのが限界に達し、ぶぶっと閉じた唇から空気が漏れだすのでございます。相撲取りのように顔はふくれ、このままではいけません。
「ふーっ!」
息を吐き、同時に、吐き出した分だけ、腋臭をぞんぶんに肺臓に吸い入れてしまったのでございます。
吸血鬼に血を吸われたものは吸血鬼になるということですが、腋臭を吸ったものもまた、腋臭を発するよーであります。
以後、自宅にたどり着くまで、私メはイケメンさんと同様の異臭を放っている強迫観念に、「はー、はー」と自分の吐息を嗅く癖がついて止まらないのでありました。
おそろしや、おそろしや。