2019
01.16

苺色の血のにじんだ足をひきずって雪の女王が地下鉄の入り口に消えていく姿を見送りました。心を矢で射られて、よろめく兵士のようなその姿を。

郷里の凍えた雪をすくいあげると、手の中で結晶は、水滴となって指の股からこぼれ落ちるのでありました。

出逢うたびに傷つける相性というものが、この世界には存在するのであります。傷つくにもかかわらず、たとえばマスカットの匂いの夏の終わりや、ウィスキーの似合う真冬の夜中などに、ふと強烈なまでの引力をおぼえてしまうのは、心臓に突き刺さった氷の刃を溶かすのは、その相手しかいないからなのでしょーか。

深夜に一度だけ鳴る携帯の呼び出し音。非通知。

氷に閉ざされた官星の命式。

暖めて氷を溶かせば官星の刃が、心臓に刺った刃が身を貫くのであります。
「復讐してあげるから、わたしの心臓をあたためて」
家族という森のなかでは氷の刃を抜けないのか。
深い愛では抜けないのか。
買い物をし、洗濯をし、料理や掃除をし、布団を日干し、笑い、子供や夫を送り出し、あるいは迎え、「いってらっしゃい」「おかえり」「おはよう」「おやすみ」。本をめくり、映画をみて、音楽に耳を傾けていても、心臓の氷の刃は溶けることはないのか。食い放題の焼肉の肉片を並べている幸せな時間の、その一瞬、周りの騒音の波が引いていく空白になる体内の奥で、氷の刃の叫びをきいてしまうのか。軋むようなその叫びを。

まな板で大根の千切りをしながら、
「甘い復讐の、あなたに与えるひとつひとつを思い描いているの」

氷の女王のすむ森には、白い鴉が枯れ木で羽根をやすませ、くわえていた苺をおとし、そのみるみる拡散する赤色に、はじめて語り合う友も家族もおらず、周囲は茫漠たる荒野だったことに気づくのであります。

苺の汁はくちびるの端から鎖骨の窪みにしたたり、
「復讐してあげなくちゃ。そして氷の刃を深くつき通されに行かなくちゃ」
千切りの手をとめて、包丁の刃先にうつるくちびるを見つめるのでございます。うるけるほど吸われた記憶のきれぎれが。
その時、風が生まれるのであります。前髪がなぶられます。

命式にある星がざわめくのであります。
音を立てて鴉が羽ばたくのでございます。

同時刻、私メは、凍った雪をすくいますが、不意に吹く風が吹き飛ばします。
「おれは何をしていたのか」
少年カイのあたまから記憶のいっさいが失われたよーに。

郷里という場所は、妄想が妄想をさそう時空を飛ぶ魔法のじゅうたんのよーでもありますです。