2019
02.13

飛行機でも新幹線でも行けない場所があるものであります。

茅ヶ崎に越して何年になるのか。
この居酒屋は、その頃から閉まっていたのでございます。
「いつか来るぞ」
と思っていたのですが、店仕舞いしていてはどーすることもできませぬ。
タバコの煙が立ちこもる店内で、安い日本酒を呷る自分を空想するばかりであります。テーブルはパイプ製、カウンターは傾いでパチンコの玉がころがるほど。古い三角形のペナント、北海道旅行の記念が貼られており、店主の若い頃の写真が小さな額のなかで古ぼけておりますです。ホンダのナナハンの前でVサインをしておるのであります。そのうしろには湖。誰が撮ったのかは秘密で、それが客の話題になることもありますです。
「おとーちゃん、もう帰ってきてだって」
呼びに来た小学生の女の子が、私メの隣で泥酔しているオヤジの手を引いているさまが見えるのであります。
その隣は、濡れた眼をした60歳近い老嬢が、ゲタゲタと笑っております。笑うと歯のブリッジが光るのであります。
メシもつまみもすべて不味く、しかし安いので文句は言えず、塩辛すぎるイカの足を炙ったものをシガムのでありました。
客の誰かが郷里の土産だと持参した、わさび漬けが小鉢に分けて振る舞われ、老嬢がシミの腕を伸ばして私メに配るのであります。資生堂の香水。ポーラかな。眼のふちに誘いの気配がございますです。

すべては妄想の中での出来事。
きっと私メは帰り道に酔っぱらって転ぶのかもしれませぬ。

けれど、本当に妄想だったのか。
もしかすると、すっかり記憶を失くしているだけのことで、
戸を押し引くと、
「なんだなんだ、珍しいじゃないか、こんなに早い時間に」
と迎えてくれるのでは。

忘れたなんてあるのか。
いや、あるさ。
断易の勉強をしていた頃、前回の講義をごっそりと忘れたことがありました。断易はそういうところがあるのでございます。
「オノさーん」
と鷲尾先生の声。
「来年ももういちど初等科だね~」

三回も初等科などを繰り返し、やっとどーにか頭に定着させたものでありました。

忘れたことを、なかったこととして記憶していることは案外、多いのかもです。

十傳スクール、四柱推命初等科、四柱推命接続科、それぞれあと2名で締め切りますです。

私メが亡きあと、どーなるのかなぁ、と、この店のたたずまいを、記憶をまさぐりながらカメラに収めたのでありました。