2019
09.05

お酒のグラスを三杯もかさねると、そのうちに夜の暗闇が心に忍び寄ってくるのです。
そばにお女性がいても、遠くかんじますです。

首を傾げて運命線をなぞっているお女性に、
「鎖骨をしばらくながめていてもいいか?」
できれば、鎖骨の窪みに濃いウィスキーを滴らせたいのですが。
「骨ばかりでしょう、なんです、わたし」

手のひらから視線をもどしたお女性は、
「運命線をすこし分けてくださいよぅ」

物語は、そんな会話からはじまるものでしょうか。
夏の終わりには、
おいおいと声をあげて泣きたくなることがございます。
でも自分からはイヤだな。
「きみから泣けよ」

あっははは。あっははは。


お女性は、ひとしきり笑ってから、ため息をつき、鉛筆で線を描き出しました。

線は地図になりました。
「うまれた町、わたしの」
橋があり、学校があり、母親が勤めていたという病院。それから小さな家。
「行ってみたいね、いつか」

ごしごし消しゴムで消して、
「犬を飼っていたのね。思い出せない。散歩道」

ごしごし。
ごしごし。

お女性の暗闇がみえました。

店を出て螺旋階段を下りましたら、舗道にお女性の影がひょろながく向こうの自販機まで伸びておりました。
後ろからお女性の鎖骨に中指をかけ、一歩よりそい、その影とじぶんの影をそっと重ねましたです。

えへへ。えへへ。

原稿を作成しておりますと、こんな妄想が浮かびますです。