2020
05.27

緊急事態宣言が発令の前後に、いくつかの引っかかるワードが飛び交いましたです。
「大切な人」という言葉も、そのひとつ。

大切な人を守るために、不要不急の外出は控えましょう。など。お婆が厚化粧でマイクに向かって喋っておりましたです。

「…いたかな、それに該当する人は」
ずいぶんと引っかかる言葉でありました。

志村某とかがオッ死んで、一時的に世間は「素晴らしいコメディアンだった」とかご追従を述べておりましたが、個々にとってはどーでもイイ人。志村某かと千円を比べたら、個人的に千円を貰う方が断然イイのであります。そしてそれほどの実力だって疑わしいもの。けっきょくはどーでもイイ人なのでありますし、だいたいすべてそのような価値しかないのであります。

胸に手を置いて考えても大切な人などいないのではないかと。

実父が死んだときも、
「ああサッパリした」
だけでありました。

叔父たちが続けざまにくたばっても「ざまぁみろ、」嬉しさだけ。墓地でも「成仏はさせぬぞ」と墓石に唾棄し右目をすぼませているのであります。ほんとーです。

生き残っている叔母を見かけては「お元気で」と笑顔のかげで「はやく死ね」と呪文を唱えるのであります。

人を愛する機能が失われているよーでございます。

が、犬は違いますです。

愛犬ロメオは、そろそろ老犬でお別れも近いのでございますが、その瞬間を空想すると胸が張り裂けるのであります。
「中国人どもを全員ぶっ殺してでもイイですから、ロメオの命をお救い下さいませ」
神様にお祈りするのでございますです。
もちろん韓国人はそれ以下も以下。存在そのものを許してはおりませんです。

いえいえ、差別ではなく好き嫌いであります。また差別だから、それがどーしたと言いたいのであります。愛することで、すでに差別ははじまっているのであります。

ロメオのためなら天皇を朝鮮どもに「好きにいたせ」と進呈してまったく構わないのであります。なぜ天皇をバカみたいに敬うのか、日本ザルの胸ぐらを掴み「正気か!」とただしたいのであります。「戦の元凶だぞ」と。

こんな感情は、私メだけではありますまい。

すなおに自分の心をのぞくと、人間愛どころか、憎悪しかないことに気づくはずでございます。

中国人がもたらした新型肺炎が収束すれば人々は「なにか面白いことはないかな」
と不幸を期待するのでございます。

ああ、なんと優雅で自由な日々であったことでしょう。人との接触を避け、愛などという嘘臭い宗教染みた言葉から解放された自粛の日々。ロメオとの日々。

地震よ起きよ、富士山よ噴火せよ、TV局を爆破せよ。何でも良いからメチャクチャになれ! もっとだ、もっとだ!

神様、世界の人間に鉄槌を下してくださいませ! まだまだ手ぬるうございますです!
その代わりロメオとの楽しき日々をお守りくださいませ!

などと妄想に興奮しながら、愛犬、ロメオとの残された日々を数えているのでございますです。