2020
08.20

捨てたはずの映画のパンフが段ボールからゴソッと現れたのでありました。

10代に何を考えていたのか、もはやリアルに思い出すことはできませんです。
ただ郷里のモリオカに戻ると、現年齢を忘れ、時を超えティーンエージャーに戻ってしまうのでありまして、
「ギャッ!」
我に返り、鏡などを見るとオショシくて恥じ入るばかりでありますが、こればかりはどーすることもできないのでございます。

ですから、今日などは庭の草刈りをしていたのですが、30分もせずに、疲労を覚えては、
「おかしい?」
こんなに、すぐに疲労するはずはなかったのに…。
「そーか齢のせいか」
と、しばらくしてから気づく有様であります。

けれど、それは自分のことなのです。
車で横断歩道で停車し、歩行しているお女性を眺めて、
「おや、彼女では…」
眼を奪われたりいたします。
「そんなわけはない。彼女はすでに60歳こえなのだ」
と現実にかえるのは、ずいぶんしてからのことでございます。

もしも、本当の彼女がいたとしても、気づきもせずすれ違うだけでありましょう。

くちびるを合わせた、あの唇にも皺が寄っているのか。
プリンのようなオッパイも、ゴムまりのようなお尻も、「指だけは自慢なの」と太陽にかざした水仙のような指も。

恋愛とは何だったのでありましょう。

先月だったか、地元の新聞に同い年の女性の訃報が載っておりました。
その名を知っておりました。いえいえ、画像の映画をいっしょに見たこともございました。
「結婚していなかったのか。それとも離婚して元の姓に戻ったのか。それとも同姓同名の別人なのか」
調べようともおもいません。調べたところで時の残酷を知るばかりでしょーから。

男だとて同様であるのですが、男に生まれて良かったと思うのは、それは差別に入るのでございましょーか。