2020
11.04

苗字を聞いたとき、
「ヤバイなぁ」
その直感は奇妙な偶然として浮かび上がって参りましたです。

鑑定客の依頼は、赤ちゃんの命名でありました。
改名とかではなく、本名の命名は緊張いたしますです。
四柱推命で検討し、画数、三才配置がありますです。

さらに時代遅れの感覚になっておりますから、まず希望する名前を「音」で言ってもらいますです。
「クーカ」とか「マイウ」などであります。私メの発想を超えておりますです。

が、その親は、すこし古風ですがと前置きし、
「……〇〇子」
最後に子の字。

「めずらしいですね。ではこの響きで考えます」

鑑定客が帰り、一人の部屋で思い出に浸りたくなり照明を落としましたです。

そのお名前の響きは、雨の夜の靴音が重なるのでありました。

「彼女と同姓同名になるわけだ」

つまり、以前に付き合ったことのあるお女性と、上から下まで同じなのでありました。

一週間の猶予をいただき、どうにか命名賦を作成いたしましたです。命名賦とは、その子が将来に困った時に、その漢文をひも解くと解決策が見えてくるというヤツであります。大運を考慮しつつ、その子の運命の傾向から算出する技法であります。
お値段は高額でございます。

その命名賦を眺めたのであります。

もちろん、以前の彼女の漢字ではございません。

風角という私メには、名前の音の響きで運命を知る姓名判断がございます。
漢字を変えたとしても、音の響きからは逃れられないことになる…。

そっと、その名を口に出してみました。
遠い過去から、黒いストッキングの彼女が揺れてくるのでありました。
雨の匂いを連れながら。
カクテルを前に、自分の名前を、漢字、カタカナ、アルファベットでノートに書き連ね、
「ああ、イヤな名前だ」
ペンで乱暴に書き消したのでした。なんども、なんども。髪をかきあげ、
「オノさんが死ぬ時、連れてって」

あれは三十年以上も、いや四十年前なのか。

私メに残された仕事は、依頼者に電話をし、名前を確認し、そして命名賦を発送することであります。

そうして、ふたたび、その響きは記憶の闇に溶けていくことでございましょう。