2021
03.28

日が沈むと気温が下がり、それが東北の春なのでございます。
そして、肌寒い暗闇から土の臭いが調べのよーに流れてまいります。

植物たちは月の明かりを頼りに、土中に根を張り、土を割って新芽の顔をのぞかせるからなのでありましょう。

コンビニに蘭丸さんの様子をうかがいに通っております。
ジェンダーが社会的にみとめられたせいか、妙に明るいのでありました。
常連らしきお客のジョークに品をつくって笑っているのでありました。
それは蘭丸さんの魅力半減につうじることなのでありました。

だのに、私メには他人のような無表情。
かすかにお女性の匂いが、ビニールの仕切りを通して感じられますです。
小声で、スイカ決済を申しますと、蘭丸さんは首を傾げ、耳を寄せます。
すると、ビニールの仕切りが、ほんのりと息で曇りますです。
すぐにまた曇りは消えていくのですが、お女性の匂いは、しばらくのあいだ残ります。
「ありがとうございます」
その店員の慣用句の底に、
(なによぉ、じろじろ見つめないでよぅ)
たしなめる無言の響きがしずんでいるのでございます。

そうして月夜の坂道をもどりながら、
「とおいところに行ってしまったのだな」
蔑視の目を気にしながら、傷ついた心を、おどおどしたぎこちない微笑で対応していた頃の、蘭丸さんが懐かしいのであります。
その頃は、
「ジェンダーなんて平気さ」
つくしのよーな細くて可憐な蘭丸さんのペニスを親指の腹で刺激しながら囁きかける妄想に遊んでいたものであります。
すると蘭丸さんは、私メの腕の中で首を左右に振るのであります。
「いまに嫌いになるぅ。嫌われたら死んでしまうからぁ」
思いのほか、硬質の髪の毛が、二の腕の内側や胸筋にこすりつけられるのであります。
ベーゼもまた、蘭丸さんの延びだした青いひげが、くちびるにザラリと当たるのでありましょう。
耐えれぬ欲情につかれ、おもわずペニスを口に含む私メ。
かすかにイカ臭いでありましょう。舌先で表皮をめくり肉より硬い、それでいて骨より柔い蕾をむき出したとたん、蘭丸さんは、
「い、いたい」
悲鳴を上げると、どうじに喉仏を上下にもがきながら幾たびも射精するのでございましょうか。

その時、悪夢が現出するのでございます。
口の中のつくしが小さく小さくなり、溶けて形をなさなくなったと感じた直後、とってかわって深い割れ目が出現するではありませぬか。雑草のような速さで陰毛で覆われたかとおもうまに、ブラックホールとなって、私メの甘い夢を呑み込んでいくのであります。
見上げると、薄い胸の豆粒ほどだった乳首が隆起し、乳輪が桃色に腫れていくではありませんか。
陶磁器色の首筋には喉仏はございません。
ばかりか痙攣後の荒い呼吸をするたびに、雲のように乳房が形作られていくのでございます。
吐息はお女性そのもの。
「いけない、女になってはいけない。baby、お願いだから」
だのにブラックホールの奥へと吸い込まれるしまう渦に抗するすべはないのであります。
私メに向けた背を丸め胡坐の姿勢で、ティッシュで後処理をする蘭丸さん。

それは、知っている蘭丸さんではございませんでした。
「なにょぉ」
振り向いた、おお、その冷たい眼差し。

「オノさんだっけ? バッカじゃない? 感謝してるけどぉウザいんだよぅ。もうメリットなし。時代は変わったんだよぅ」

妄想から、また次の妄想へと運ばれつつ、もういちど坂の上の月を仰ぎ見るのでございました。