06.26
誰にもきっと、そういう小径があると思いますです。
たとえば、出会い頭に自転車と衝突し怪我をしたことのある道とか。
イヤな奴らがたむろっている道、突如としておかしげな奴が現れてオッパイをむんずと掴まれた道。
あるいは通るときまって悪い事が起こってしまう忌まわしい道など。
モリオカを離れ半世紀近くも経過しているのに、踏み出せない小径がございます。
いぜんは両側が林で、夏ともなれば雑枝が道を塞いでおり、その向こうにリンゴ畑が広がっておりました。
宅地が立ち並び、もはやすっかり様変わりしていることは知っております。
嵐になると、堰から水があふれ、川のように流れる水路と化したものでしたが、治水によって、いまでは、被害もないようすでございます。
だいいち町名も変わってしまっておるのでございます。
クルマから降り、しばし小径の向こうの曲がり角を、見知らぬ旅人の風情で眺めておりました。
そーです、あの夏はバカに蝉が多かったことを思い出しました。
灰色の腹を晒した蝉の死骸がてんてんと転がり、無数の蟻にたかられていました。
「運命」
という言葉をつぶやきましたです。
「運命、運命、運命」と。
健在であれば、
「48歳だよなぁ」
その先は、あまり考えたくございません。
けれど、私メがいなければ、もしかすればこの世に誕生していなかったもかもしれないのであります。
いえいえ、あまりにうがちすぎでありますね。
「だいじょうぶだよ、好きとか嫌いとか、そんなことは終わってしまったのさ。オノさんの子供でもないから、安心しな」
まんまんに膨れたお腹を抱えながら、バターナイフを私メの首元にあてがった18歳のお女性。
その子は48歳になる勘定なのです。
地下のその喫茶店も、もはやございません。
「もう住んではいないはずだけど」
小径の先の角を折れた二軒目先に、彼女の家がございました。
台風で、増水した水が道を塞ぎ、流れる川と化した向こうと、こちら側に、彼女と私メが立っておりました。
以後、この小径を通ったことはございませんです。