2021
12.20

しばし寝ておりました。
目覚めたら、あまりの静けさ。
モリオカだからだと思いましたが、窓ガラスに白い断片が。

雪でありました。

街灯のあかりの下で雪片は物音を吸い取って舞っていたのであります。
「雪だね」
その年の最初に雪降りに遭遇すると、きまって耳元をかすめる幻聴が、ことしも聞こえました。
毎日のよーに通っていたラリーという喫茶店のネエさまの声であります。
おかえりなさいというみたいに「雪だね」。冬が帰って来たねの気持ちが、込められていたのかもしれません。
7才年上のお女性ですから、高校生だった私メは子ども扱い。
店をまかされていて、いつもカウンターの向こうでタバコをくゆらしていましたが、隣接するガソリンスタンドのオーナーでもあるニワトリ婆が、たまに顔をだすと、慌ててタバコをもみ消し、私メとの会話も、そこで終わるのでありました。

ニッと笑うと前歯の虫歯がのぞきました。
その前歯を治したあたりに、「結婚するのよ、わたし」。そして、花嫁という当時はやっていた歌をハミングしておりました。
進学してからは、ラリーに行くこともなくなり、ラリーもガソリンスタンドも、いまではコンビニに変わっておりますです。

でも、最初に雪が降ると、「雪だね」の声が、鼻水をすすりあげるすっぱさと一緒によみがえるのでございます。

「そーだ!」
しばし降る雪を眺めておった私メは、階段をかけ降り、つっかけをはいて外に飛び出しました。

「おお!」
玄関から門までの曲線のアプローチのそこだけが黒い大蛇のよーに雪が消えておりました。
ロードヒーティングが効いているのでありました。
「モリオガではロードヒーティングをいれでるお家はねがんすよ。だーれ北海道でねんだおんす」
言われましたが、我をとおしたかいがあったというものであります。

「雪だね」
幻聴がリフレインいたします。
雪はさらに密度を濃いものにして降り続いているのであります。