2022
02.18

鉄道オタクではないのですが、鉄道が好きであります。

とくに地下鉄は魅力的。

降りて地上に出た時の、迷った感覚はたまりませんです。
どっちが北なのか、どっちにいけば目的地なのか、いっしゅん迷ったあの不安さは地下鉄ならではの魅力なのであります。

丸ノ内線などは、いちど地上に出る時などがあり、四谷あたりの大学のテニス場が見え、かと思うと、ふたたび地下に潜る明暗も大好きであります。

亡父は、都会に出ると、それだけで道に迷って大汗を出したものであります。山ではけっして迷ったりしない男でしたから、その落差をみるのが面白かったです。

東京五輪は大失敗に終わりましたが、渋谷や新宿、大手町の地下通路は整備され、むかしとは様変わりし、たまに赴いて驚くのでございます。そして亡父のよーに迷うのであります。

数年前の冬、釧路に行ったとき、やはり迷いました。
美味い炉端焼きの店があると聞き、タクシーで向かいまして、その帰り道はほろ酔い気分で歩いて戻ろうとしましたら、迷ってしまいました。猛吹雪で寒く、困ったことになったと、どこか浮き浮きしたのです。

断易のことを申したいのでございます。
たとえば年筮。
出て卦を眺めて解読する工程は、道に迷ったスリリングな気持ちにどこか似ています。
それが、
「ああ、この父母は、実家だな」
とか、
「この妻財は朱雀がついているから、あのお女性か」
と、卦が現実の生活と重なって見えた時、それは迷路から抜け出した、
「なぁーんだ」
安心感とほとんど一緒なのであります。

あとは、するすると卦の告げる内容が見えてまいります。

断易の魅力は、こんなところにあるのでございます。