2022
08.26

自然にガラス戸を開け、カウンターの椅子に座ることのできた自分が以外でありました。
けっして、このラーメン屋のなかに、いや店先を通る勇気すらないと思っておりましたから。

油脂で汚れた店内にはいろいろなメニューが貼られておりました。
こんな風景を、毎日、眺めているのだろうか、あまり似合わないよーな気がするなぁ、蘭丸さまには…なんて思いました。

冷風麺を注文し、前を向き、横をちらりと、逆の横をちらりと。汗をぬぐう素振りで後ろも。しかし蘭丸さまは見えませんでした。
お客の出入りは多く、その人影にたすけられて、店内を見渡せましたが、おりません。

辞めてしまったのでしょーか。

それとも、アレは…二ケ月前にこの店を出ぎわに、ガラスの中から刺すよーな視線を送ってきたのは別の人で、蘭丸さまではなかったのかもしれないと、冷風麺をすすりましたです。

いや、いる。
こめかみにチリチリと、そうジェンダーの蘭丸さまがコンビニに勤めているときに感じた、チリチリとした視線がこめかみに感じられたのでした。

どこだ。

「あっ!」
レジの向こうに。
なによぅ、と挑むような目つきで私メを不機嫌そーに。一直線に視線が結ばれました。
気がつくと、店前の小路から表に出て電柱にもたれておりましたです。

ら・ん・ま・る・ぅ。

私メは、レジでお金を支払うあいだ、うつむいて、蘭丸さまのお顔を見ることが出来ませんでした。

ささくれた指先、その手は男っぽく節太でした。だのに腕首は細く、そこにムダ毛が散らばっておりました。
半袖のクリーム色の店員着の袖から白いTシャツの袖が覗いておりました。
ああ、その腕の先にある腋の下の肉を音を出して吸ったらどんなに…。

そのとき、妙な違和感をおぼえたのでした。
同じ人なのに別人を見ているよーな。双子の姉を妹だと錯覚して喋っている途中で、間違いだったと気づく、あの違和感。

「あっ!」
こんどは声に出ておりました。

胸がはっていたことに気づいたのです。
うすっぺらな胸だったはずです。そうなのだ。コンビニにいたときは、制服が緩くて鎖骨の奥まで覗けていた。
たったいま目にした胸はボタンがはちきれるほどふくよかでした。
「やったな…」
豊胸という二文字がひらめきましたです。
姿をくらましていた数か月間に、蘭丸さまは女へと向かったのでしょー。

ハートがかきむしられる思いでございます。
「欲しい…、どーしても欲しい」
豊胸手術によってつくられた、その乳房をわしづかみにして、ツクシのよーに勃起したペニスを、亀頭を、ざらついた舌で味わいたい。

店に駆け戻り、額で入り口のガラス戸を叩き割り、蘭丸さまにむしゅぶりつきたい炎のよーな衝動でございました。

しかし、私メは電信柱にもたれながらコレラ患者のよーに汗を滴らせるばかりでございました。