2022
11.27

涙の出るほど上手い店がございます。
数年に一度か、いや、一生に数えるくらいかも知れませんが、おもわず落涙しそうな自分に気づき驚く事がございます。
疫病の患者と面会した後、雨の夜のモリオカを歩いていましたら、道路の向こう側に倒壊寸前のビルに侘しくドス黄色い灯りの看板が目につきましたです。
「たしか…」
もう、横断歩道を渡っておりました。

地下食堂名店街と階段にも時代遅れの看板。
高校生の時にいちどだけ、この階段を下りたことがありますが、定かではございません。

名店街とは名ばかり。
小汚いラーメン屋があるばかりでした。
しかも客は一人もおらず、店主の爺さんが新聞を広げているのでした。

「味噌ラーメン」
注文し、悪いことをしたなと思いました。店じまいをしたかったのかも知れないと。

熱い麦茶を出されました。
見回すと、ゴルゴ13とか黄昏流星群の漫画本が並んでおりました。
でも、キチンとバックナンバーをそろえて並んでいるのでした。

で、味噌ラーメンが出てまいりました。
もっと赤茶けたラーメンかと思っていましたら、白濁のスープでごさいます。
ひと口、すすりました。
「おっと…!」
涙腺がゆるんでしまう旨さなのであります。

世にミシュラン四つ星とか一つ星とか有難がっており、以前はそんな店に行き、「うまーい!」などと感動したりしていましたが、そんな自の偽りに対する懺悔する落涙の旨さなのでありました。

「おいしかった~」
勘定ついでに褒めましたら、
「うめがんしたが」
モリオカ人っぽく老店主はごく普通にかえすのでした。
それでもお釣りを渡すとき、「まだ来てけらえん」と小声で。

おもては暗い雨が降っておりました。
アーケード街をのぞき、このさきに蘭丸さまは働いているのだなと思い、理由もなく嬉しくなって傘をたたみ、濡れながら歩いたのでありました。