2021
05.08

断易を学びたての、つまり入門段階において、まず悩むのが納支の考え方でございます。
「うわっ!」
と悲鳴を上げたくなる絶壁が立ちはだかって、「ダメかな~」と自信を喪失させるのであります。
しかし、納支を理解せねば、一歩もすすみません。

一年も経ってから、
「納支がよく分からないのですが…」
幾たびか、この質問を放たれ、愕然としたのは一度や二度ではございませぬ。

PCの講習会で、終わりかけたころに、「電源はどーしたら入るのですか?」と質問されたに似ておりますです。

納支は、納甲表をみれば出ているのですが、問題なのは「之卦」という変化した場合の、その変化した十二支と六親の振り方でございます。

それを知るためには、やはり納支の十二支を理解する必要がございます。

断易は、八宮に分かれ、それぞれ八つの卦が配属されております。
その親分卦が鍵となりますです。
卦は、内卦と外卦から構成されております。

たとえば、坤宮の親分卦の内卦は、初爻から、未、巳、卯。外卦は四爻から丑、亥、酉となっております。
また艮宮の親分卦の内卦は辰、午、申、外卦は、戌、子、寅。

いま、「山火賁」の卦が出たとすれば、
初爻から火の親分の内卦をそのまま、亥、丑、卯。四爻からは山の親分の戌、子、寅と振ればイイのであります。
六親は、山火賁は、艮宮に所属していますから、土が兄弟。

三爻の未と四爻の戌が兄弟となりますです。あとは、初爻の亥は水ですから土から剋されるので妻財。五爻の子も同様に妻財。二爻の酉は土から生じられるので子孫。上爻の寅は土を剋すので官鬼となるのでございます。

こらへんを頭に叩き込んでおけば、納支の理解という、断易入門の最初に立ちはだかる絶壁をクリアできるのでございます。

私メも十傳スクールの過去の失敗を教訓として、しばらくは、理論編に進んでも、納支を、とくに変爻のところを念入に解説して進んでいくつもりでございますです。

2021
05.07

地べたに黒アゲハが羽根を伸ばしておりました。
「まだ気づかぬのか」
そー示唆しているよーに思えたのは、このごろ死んだ祖母の夢を頻繁に見るからであります。

冬あたりから親族内のトラブルがあり、祖母の実家の一族が絡んでいたからでございます。

突然に墓を変えてしまい、彼岸には墓参りが出来なかったことは、以前のブログでUPしております。
つまり、祖母の親とかそういう故人たちとのつながりが閉ざされたわけであります。

それが、祖母が夢枕に幾度となく立った原因と考えれば、この黒アゲハは、オノ家を変えてしまえというお告げなのかもしれないと考えたのであります。

オノ家はなんでも橘氏のながれをくんでいるとか。
おそらく京都から来た公家にもてあそばれて騙された村娘のながれでありましょう。

とはいえ、家紋は「揚羽蝶」なのであります。

いつかの時点で橘氏からオノに姓を移したことは明らかで、揚羽蝶を家紋にしたのは、橘の葉に卵を産み付け。橘の葉を食ってしまえという意味が絡まっている怨念を感じたりいたします。

ならば、揚羽蝶をパクッと喰ってしまう「トカゲ」の家紋はどーかと。

日本人も中国人も朝鮮人も米国人もモリオカの奴らも忌々しいのですが、オノ家がもっとも忌々しいのでございます。
再生という意味もあり、トカゲは「易」に通じているのでありますし。

いちじは蝶という蝶をのこらず一網打尽に巣にひっかけてしまう蜘蛛も悪くないと考えたこともありましたが、
「トカゲだな、やっぱり」
三日月にトカゲも悪くないぞ。

またぞろ叔母たちが押しかけてひと騒動がもちあがるかもしれませぬが、
「亡き祖母の意志だ」
これで対処できそうであります。

なにしろ、オノ家ときたら、マイクロバス三台に分乗し総勢30人ほどで、恐山のイタコに出向き、先祖の霊声を聞きに行ったことのあるほどの迷信好き。

黒アゲハは、しばらく地べたで休んでおりましたが、ハハハっと笑うよーに5月の空に吸い込まれていったのであります。

2021
05.06

クルマを運転していたら、ほとんど発作的に、
「ピーチョコが食いたい!」
体が渇望しているのでありました。

チョコならば、バレンタインに頂いた高級なヤツが仕舞っているのですが、それではなく、ピーチョコなのでありました。

そういうときに限って、どの店をのぞいても、
「ない…」
のでございます。

あのピーナッツと蝋っぽいチョコのコンビネーション。サクッと割れる舌ざわり。
アレじゃなきゃダメなのです。

菜々緒でも深田恭子でも広瀬すずでもなく、吉高でもない。
モトーラ世里奈でなくてはならない時があるよーに、ピーチョコだけを求めているのでありました。

茅ヶ崎、藤沢をぐるぐる回り、ついに
「あった!」
なのでありました。

二袋と、塩の揚げ煎餅もついてに買い求めたのでありました。

濃い目の緑茶をいれ、窓を開け放ち、五月の風といっしょに、
「これなんだよな~」
モトーラは口の中でぐちゃぐちゃになっておりましたです。

しやわせというものは、分からないものでございますです。