2013
05.07

十傳スクールのテキストのチェックに疲れて、散歩をいたしました。

はじめての裏通りで、カシャッと撮影しないではいられない住居を見たのでございます。
なつかしい看板でかざられた、小屋なのでありましょうか、ふるびた建物もまた趣深いのでありました。

「爺さんの悪趣味よ」
と家族は困ったように肩をすくめるのでしょうか。

その爺さんの生年月日をみたところで、四柱推命によって「だから、こういう趣味なのだ」ということは分かりますまい。

すくなくとも教科書どおりの解釈では、趣味趣向までは解明することは不可能であります。

印綬格だから古いモノが好きだとか、日主が強いから目立ちたがり屋とか、そういう一知半解の後付けの判断になるのであります。

次回の講義では、そこらへんの極意を語ってみようかと思うのでありますです。

たとえば「彼は他人に親切すぎるんです。親しくもない人にお金を貸したりして」などというお方がいますが、そのお方の生年月日が日主が強い場合、「親切なわけはない」という判断になるのでありますが、しかし、人は、親切心をどこかに持っているものであります。
その人の親切心の源流はなにかを探っていくと、「なーるほど!」と真の姿が見えてきますです。

「だから、恋愛でも仕事でも、ああなのか!」
この源流が見えてくればしめたものであります。
あとは通変星などで丁寧に測っていくだけ。

相手の真の姿が分かれは、恋も仕事も、すべてが把握できるのであります。

しばし、懐かしい、水原弘の頭デカチンの看板を見入り、その場を離れたのでございますです。

  1. 最近は個人情報云々で親しくならない限り相手の生年月日なども知る事ができず難しいです。四柱推命で予め下調べをしてから相手と接していくなどムリですね。相手の年齢によっては下手に聞くと警戒されますね。

    ●十傳より→慣れてきますと、生年月日などの資料がなくても、相手のモノの考え方が分かるようになるものでありますです。そして、後日、生年月日を知ったときなど「やっぱりな」と言うことになるのであります。基本的なお勉強と訓練は必要でありますが。

  2. 懐かしい看板です。
    幼い頃、母に連れられて買い物に行く際
    バスの窓から見える景色の中に
    いつもの場所にこの看板達がありました。
    今はすっかり姿を消してしまいましたが
    その代わり、
    ボロな家や物置には必ずといっていい程
    「金貸し」の看板が貼ってあります。
    貼る側もボロな方が頼み安いというのもあるでしょうが、
    中にはバレないと思っているのか
    勝手に貼っていってしまう人もいるようです。
    最近は車の通りがある程度ある場所のボロ屋が
    年々減少していますので
    このような看板の居場所もなくなってしまうのでしょうね。

     ●十傳より→おそらく、このボロ屋の主は、趣味で集めたものを貼っているのだと思うのでありますです。ほのぼのして、私メは好きであります。

  3. ノスタルジックで良いですね。このような家屋は空き地と同じで、とんと見かけなくなりましたが。
    そういえば、耶蘇教のオシツケガマシイ「悔い改めよ」「主はご存知だ」「いつか降臨される日に備えよ」といった不思議にマジナイめいた小さな壁張りも見なくなりましたね。

    ●十傳より→「悔い改めよ」の看板のあるボロ小屋は、妙にそそるものがございますですね。