2011
08.31

まったく、そういう予定はなかったのでしたが、おもえば奈良を知らないことに気づきました。
京都に数年間、住みながら、となりの奈良に足を伸ばしたことは一度もなかったのであります。
従妹にノリコという美人がいるらしいことを聞いてはいても、まだ彼女にあったことがございません。それと同じようなことかもしれませんです。
とおい昔に妹は「お兄ちゃんのタイプだと思う」とニヤニヤして語ったのですが、先日、初盆でお邪魔した時にも、彼女は不在でありました。
私にとって奈良もそういう場所だったのであります。
旅行のおわりに、ぶらりと歩いてみようときめました。

建物も仏像も、京都のものと比してスケールが大きく、迫力をともなって胸にせまってくるのでありますが、どうじに細胞のひとつひとつがくつろぐ安らぎをも広げてくれているのでございます。
このまま、仏像にまもられながら昼寝をきめこみたくなるのであります。
と、そのとき携帯電話がなりました。
アサ芸のエロ心理テストの確認ということ。
「破いたストッキングは手錠代わりにするのが、目隠しに使うより点数が高いのですが、この理由はなんでしょうか?」
まわりをはばかりながら、やや小声で
「手首と手首をつないだ瞬間に、女の心理は一体感を得たたかぶりに濡れるからです」
仏像の眉がびくりと上がったようでありました。
「ではですね、挿入の時にパンティの脇からというのは…」
アサ芸さんの質問ははてしなく続くのでありました。
日照りでも大雨でも、その水位を一定に保つといわれる猿沢の池のほとりで、わが心もかくありたいものだと、汗でぬれた携帯電話を拭きつつ、しばしの間、水面をわたる微風に瞼をとじたくらいにするのでありました。
気まぐれ旅行も終わりを告げているのでありました。
空は夏に疲れ、めぐってくる秋をうけとめているようでございます。
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2011
08.30

とおりがかりのオヤジに、カメラのシャッターを押してもらったのであります。
「ここ名所旧跡なんでっか?」
ときかれましたが微笑でかえしました。
二十歳の頃から三年ほど住んでいたアパートが、ここにあったのであります。現在では画像のように更地。
自転車でなければ探すことはできなかったに相違ありませんです。
気温35度の猛暑では、徒歩で行きつ戻りつして30年前の面影をほじくりかえす気力すら湧かなかったでありましょう。
けれど、マンションではなく更地になっていたことに、かすかな安ど感をおぼえるのでありました。
記憶の洪水を、しばしのビールで支えつつ、日ごろの習性からハズれた行動にでたのであります。
知人に自分から電話することは滅多にございませんです。しかし、その日の心におきたちいさな爆発は、私メに電話をかけさせるという行動を起こさせたようでございます。
「まぁいま京都にいらしてますのん? ほしたら、そこにいきますよってに、まっとくれやすね」
恋愛するには力不足、さりとて軽々しくHするわけにもいかない相手というのは男女間において少なからずそんざいすることでありましょう。
そういうお女性とは、いつの間にか友情関係が成立するようであります。

記憶のわずかな思いちがいを、彼女の記憶によって修正しながら、
「そうか、それであの時はそういうことになったのですか」
と、二人の間に、恋というものがあったならば、その恋が開花せずに蕾のまましおれた理由を、30年後に解明しては、ため息とも納得ともつかないおもいにひたるのでありました。
真夏の水炊きも悪くはありません。
冬なのか夏なのか曖昧にさせる水炊き料理は、思い出を語り合うには最適かもしれないのでありました。
当時、京都には美人はすくなかったと記憶しておりますです。
こけしのようなのっぺり顔が多かったのでございます。
が、見回すと、どのお女性も美しいのでありました。
30年たって美人が育ったのか、私メの基準値がひくくなったのか、はたまた酔いがそうみせているのかについて語るのは、また別のお話になるのでございます。
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2011
08.29

だれがだれと恋愛しようと、本人たちの勝手なのでございます。
神戸にきて、ふと以前の瀬戸内海クルーズが懐かしくなり、一時間足らずの湾内観光をいたしたのでありました。
それは神戸の男女のデートスポットとはまったくしらなかったのでございます。
関西なのだなぁと羨ましくなるような大胆な愛の表現をくりひろげる恋人たちのなかで、私メときたら、ひとりセルフ撮りをするのでございました。

メクラ撮りしても、こういう恋人たちが入ってしまうのでありました。
美醜がなんであろう、老いらくの恋のどこに羞恥があるものか、純愛だろうとそうでなかろうと、禁断の愛であったって、この地球で出会ったことを全身で謳歌しようという関西の恋人たちに圧倒されるばかりなのであります。
すべての事象は愛を可能な限り演出するために存在するのだと訴えているかのようであります。
おそらく恋人たちには、神戸の異国のような海が、それは美しく見えていることでありましょう。
その愛がどのような結末を迎えるかなんて関係ないのでありましょう。
全身を性器にさせ、それだけを愉しんでいるのでございます。

愛欲のパワーに当てられて、私メは南京町に迷い込み、人づてに聞いた店で、「イカの揚げ物」を食うことにいたしました。
最初はソレほどでもありません。が、しばらくたつと、老酒に絡まるように口の中が揚げ物独特の臭いが、やめられない美味に変化するのでございます。
店内には、やはり恋人たちが、ほとんど「イカの揚げモノ」を食っております。
「イカ食べるのは深い仲やっていう証拠なんや」
そんなことを聞いたおぼえがございます。
「それにな、イカを食べはると、あそこが臭うんやて」
クルーズで乗船した恋人たちは、いまごろは嗅ぎあっている頃なのかと、暮れなずむ神戸の海をおもい、腕時計に目をやるのでありました、
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