2011
11.30
エロ本を置かなり珍しい古本屋がありまして、たまにのぞくのでありますが、先日、啄木日記なるものを発見しました。
啄木日記はローマ字で記されているので、はなはだ読みにくいのであります。
それでもしばらく読み進むうちに、目もなれるのでございました。
なんという私生活でありましょう。
売春宿でのお遊びが、ツマビラかに書かれているのでありました。
安心するのであります。
私メはまだまだビギナーであると胸をなでおろすのでございました。
よく恋人や配偶者の携帯メールを盗み見て、別の相手と付き合っていることを発見して怒りまくる人が存在いたしますが、私メはそういう趣味はございませんです。ございませんですが、啄木日記を目にして、
「なるほど」
とうなづけるものがございました。
「他人の私生活をのぞくのは楽しいものである」と。
すこし要所を拡大しましたが、読めますでしょうか。
男とはこういうものだと、すこし理解してくださるかもしれませんですよ。
秋の夜長は読書に最適とか。
けれどこういうエロの暗号みたいな本を読みますと、目が疲れて真っ赤に充血してしまいますです。
啄木の妻は、彼の死後、「焼いてくれ」という遺言に逆らって、この日記を公開したのでありますが、それは愛なのか、はたまた恨みなのか、お女性の心理をおしはかることも、面白ろうございますです。
ルーペをもちいて必死に読みふける私メを、心配そうにロメオが見上げているのでありました。
これは読書なのか、盗み読みなのか分からなくなり、いや、これこそが、いままで気づかなかった読書の基本姿勢なのだろうと思いいたるのでございました。
本は、人間の精神の成長に役立つなどという教員が言いそうな言葉が、可笑しく感じられたりもするのでした。
いつの時代も、こんなものだよなぁ、と安心感はさらにひろがったりもいたします。
こずかたのお城の草に寝ころびて 空に吸わはれし十五のこころ
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2011
11.29
ボイドタイムもやっと通常に戻りつつあり、極端に長いボイドタイムはすくなくなりました。
それでも、月が魚座にあるときは、長時間のボイドタイムになりますですね。
12月3日と30日がそうであります。
いやぁ、もう師走ですね。
3月の大地震と巨大津波と放射能とで、いまだに時間が静止しているようなかんじであります。
クリスマス・イブが、月が射手座のボイドタイムが、ちょうどムードの良い頃に覆ってきます。20時37分から22時48分まで。
ここは言動に注意して、控えめな行動がいいかもです。
では、12月のボイドタイムを。
2011年12/01(木)20h28m in水瓶 ~ 23h46m
2011年12/03(土)03h05m in魚 ~ /04(日)10h52m
2011年12/06(火)20h13m in牡羊 ~ 23h35m
2011年12/09(金)08h39m in牡牛 ~ 11h53m
2011年12/11(日)19h24m in双子 ~ 22h26m
2011年12/14(水)01h05m in蟹 ~ 06h49m
2011年12/16(金)10h20m in獅子 ~ 12h59m
2011年12/18(日)11h30m in乙女 ~ 17h07m
2011年12/20(火)18h50m in天秤 ~ 19h34m
2011年12/22(木)18h50m in蠍 ~ 21h04m
2011年12/24(土)20h37m in射手 ~ 22h48m
2011年12/26(月)22h37m in山羊 ~ /27(火)02h15m
2011年12/29(木)06h32m in水瓶 ~ 08h46m
2011年12/30(金)22h39m in魚 ~ /31(土)18h49m
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2011
11.28
会社の申告書を新宿都税事務所に提出した足で、リトルコリアンと化した大久保に立ち寄ったのであります。
ここは30年前は薄暗いラブホ街。連れ込み宿と称した方が適切な、それは卑猥な通りでありました。
その頃の名残りは多少あるのでありますが、これではラブホを利用することもできませぬ。
表参道と巣鴨の通りの中間くらいの層がうろうろ。
ときおり、これから売り出す韓国の歌い手たちが、粗末なプラカードをもって、にこやかに「よろしくお願いします」と声をかけながら行列するのであります。
学園祭で「10号室で演奏をしますので、きてくださーい」みたいなノリなのでありました。
とある朝鮮料理の店。
本場のマッコリの舌にピリッとくる刺激を味わいつつ、ケジャンとか冷麺とかをむさぼったのでございます。
私メはモリオカの冷麺が苦手。朝鮮冷麺は好物なのであります。
それにしても辛い。
メマイしそうなのであります。
辛すぎて食うだけで体力を消耗してしまうのであります。
が、大久保は安心いたします。
喧騒と無法の街なのであります。
ここに30年前に3年ほど住んでいましたが、当時はヤクザと情婦とホステスの街だったのでございます。窓を開けると、となりのアパートで肉地獄に耽っている裸の男女の肉体の一部が覗けて見え、それがどこが脚の部分で腕がどう回されているのかを判断するのにしばらく時間をようしたものでございます。
迷路のような路地を入っていきますと、おお、まだそのアパートがあるではありませんか。
リニューアルしたとはいえ、あの頃とほとんど同じでございます。
イチバン奥の2階の部屋に、私メは住んでいたのでありました。
いちど引っ越してしまうと、以前に住んでいた場所には、なぜか足を踏み入れないモノですが、勇気を出してみるものでございますね。
若い頃の感性というか、感じ方というものが一瞬のうちに体内によみがえるのであります。
けれど、親しくしていたお姉さま方もいるはずもなく、先住者である私メにとって、そこは単なる想い出の場所でしかないのであります。
過去の巡礼とは、懐かしくも、すこし淋しいものがつきまとうようであります。
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