2022
04.30

2022年4月29日旧天皇誕生日の休日の関東の天気予報は、100%、雨でございました。
午前7時の天気は曇天。すこし日差しもございました。
「運を試してみよう!」
じつは、ある計画がいくつかあり、「どーすぺっが…」の迷いがありました。
鎌倉の天園コースを歩き、もしも雨に打たれずに済むようなら、成功、雨にずぶ濡れになったなら失敗。
これを試そうかと、発作的に思いついたのでございました。

鎌倉に着いたのは午前9時30分。
日差しは完全に雲にかくれ、霧雨っぽいヤツが鎌倉の町を覆いつくしておりました。
観光客は数える程度。
みんな「予報は雨だから」と家にこもっているよーでありました。

天園コースは、鎌倉の奥にあるハイキングコースであります。
だいたい2時間ほどを要しますです。
雨が降れば、それこそ濡れネズミとなり、みじめな状態で下山することになりますです。しかも、かなり歩かなければ駅につかず、バスもないのであります。

休日には列をなすハイキングの人々ですが、この日は無人。
誰も、ほんとうにいないのでありました。

山ツツジや、山藤が、そこここに咲き、密林に色を添えておりました。

ときどき雨を告げる風が木々を揺らすのでありました。
「雨の前に…」
の気持ちが足を急がせ、背中は汗が流れるのでございました。
「世爻は子孫」
断易の天候占いで、世爻に晴れの用神である子孫が付せば、雨にあわずに済ませられるのでありますが、なにしろ次第に雨雲が下りていることを実感いたしますから、なんとなく、
「焦る」
のでございました。

鎌倉を一望に見下ろせる見晴らし台に到着。
まだ雨は降りません。

雨が降り出したのは、下山し、駅近くのカフェで、ウィスキー入れのラテを味わっていた正午を回ってからでございました。
それでも傘は不要。
ジャンパーの帽子で十分に防げるのでありました。

東京までの東海道線で、本格的に降り出したという次第。
「運がツイている」
のかどーかはまだ定かではありませんけれど、計画は実行してイイのだという結論に達し、
「肚をくくろう!」
決意できたのでありました。

しかしながら、観光地鎌倉が、100%雨という情報で、いままで見たこともないほどの閑散さには、むしろそっちの方で呆れてしまったのでございます。

2022
04.29

踏み出した、さいしょの一歩で人生は決まるよーであります。

鑑定をしておりますと、
「そっちの方向に踏み出しましたか…」
生年月日に適合する生き方とは、いささか異なる道を選んだケースが多いことに気づかされるのであります。

たとえば、事業を起こせば案外楽に成功する命式なのに、弁護士などを目指し、国家試験でいくども躓き、20年近くも時間を無駄にするとかであります。
あるいはミュージシャンになろうと大望し、地方から出てきて、挫折してシガない仕事で低給料にあえいでいるお方。命式に忠実であれば、ラブホ経営など、人が敬遠する仕事で大成功を収めただろうというケース。

そして、失敗する生き方をする場合は、それら弁護士試験や、ミュージシャンを目指した自分を反省する一致が見られるのでございます。
心の中では、しかし、それらの道を諦めきれず、生涯、「負け犬」として自らを烙印づけるのであります。

「あのとき、あーしていれば」
「都会は恐ろしいよ。少しの才能では生きていけないことが分かりましたよ」

これでは、どの道を目指しても所詮は、貧乏者から逃れることはできますまい。

反省することが、そもそもダメなのであります。
反省のたびに、出発点に戻るから、いつまでたっても出発点の周りをうろうろするばかり。

たとえ命式の推薦する道とは異なる道を選択したとしても、そのまま突っ切ることであります。
反省ではなく方向を変えていくこと。
具体的なことは、ブログなどで語るほど、私メは愚かではございませんから、差し控えるとして、
「自分の人生は失敗したかもしれない」
と気づいた瞬間に、完全に『諦めるため』の死ぬほど一生懸命、その失敗した道を駆け抜けなければいけませんです。
手抜きをしてしまうと、諦めきれずに、負け犬となりますです。

「負け犬でもイイおん、人は心だおん。貧乏でも平和な生活ならばそれがイチバンだおん」
と、お考えならば、それはそれでよーございますが。

2022
04.28

ひと月前はバッケが芽吹いていた敷地の隅には、いまフキに成長しておりました。
まだ若いフキでありました。

いつもならば、「雑草」の二文字のもとに刈り取っておりました。
しかし、今年は、鎌を片手に、食料として摘み採ったのでございました。

灰汁の抜き方はいろいろとございますが、私メは板摺の方法を用います。
まな板に、摘み採ったフキを並べ、塩を振って、ゴリゴリすると、スジまで取れるので便利なのであります。

そして、そのまま茅ヶ崎に持ち帰ったのでございます。
茅ヶ崎の自宅のキッチンで、北海道の観光船の社長が、メディアの奴らから集団イジメを受けている画像を眺めつつ、『伽羅葺』をこしらえたのでありました。

社長は土下座しておりました。
「ここは南朝鮮か!」
そこまでして謝る必要はないのであります。もちろん形ばかりでしょーが。
悪いのは観光船に乗ったバカ猿たち。自分の命の管理もできない危険予兆能力ゼロでありますから、いずれはどこかでこーなる運命。
ふつうは乗船しないのが本当の常識。
人は生きる姿勢とおなじ姿勢で死ぬのかもしれませんです。
そして、別に自分とは全然関係ないことに気づき、「死ね!」とTVを消し、料理に専念。

フキを煮るのは、監視が大切であります。
固さと、フキ独特の香りを逃さぬよーに、火を止めたり、ふたたび点けたりいたします。
お女性を気持ちイクさせるのち似ておりますです。

「ほーれ、ほーれ」
と完全に、スケベ爺になりきることが料理の肝心なところかもしれませんです。
やがては、ウクライナの美女たちを、ズキズキさせなければならないのですから。
ウクライナの男たちの使い方は、あつめて暴力団的な組織を作ることでしょーか。

いまから楽しみでありますです。

フキ=富貴として、縁起の良い食い物でありますから、そういう避難民の正しい用い方をいまのうちから、フキの料理をしながら、いくつか考えることは有意義でありましょー。

愛とか、真心ごろとかはウクライナ人には通用しないこともしっかり頭に叩き込むことは、きわめて大事なことなであることも申し添えましょー。

さーて、山椒を強めに散らせば、観光地で売っている伽羅葺が朝鮮人や中国人に見えるほど不味く感じるほどの、美味となったのでございます。