2011
08.14
08.14
パンツまで汗がしみとおるほどの暑さのなか、松林を歩くのでありました。
いろいろと考えなければならないことがあるのですが、郷里の懐かしい森の、にじむような緑にみとれたり、ひぐらしの鳴き声に聞き入るばかりで、考えがまとまらないのでありました。
今年のお盆は、震災で亡くなった人たちのおうち回りで、それが終わったらがくっと疲れているのでありました。
おもいだしたようにそよぐ風のように、女の膝に顔をふせ、指先で髪の毛をやわらかくしごいてほしいおもいなのであります。
イメージとすれば画像の感じでしょうか。
でありますから、思考が子供っぽくなっていることを自覚いたします。
心では重たすぎるのでございます。
かといって自動人形ではつまりません。
心を求めずというか、ただいっしょにいることで心の匂いをけすような関係を求めているのかもしれませんです。
指先におもいをのせ、ゆっくりと髪の毛をしごいてくれれば、それはぜいたくな幸せというものでありましょう。
目を覚ますと、うちわであおいでくれていて、庭先のひとむれを見つめている、そういう夏の幻想にひたりつつ、森を歩くのでありました。
ありか、なしか?
自分の場合、においです。
いいにおいの場合、ちょっくらおかちめんこでもOK。
着飾っていて、においがカビのようでしたら「さようなら」です。
香水でごまかすのは、いただけません。
●十傳より→美人でもウンコ臭いのはかないません。クンニをしていると陰毛のデルタから腋臭とおなじニオイを発して燃えはじめるオナゴ様もおりまして、それはそれで複雑な気持ちになりますです。良き匂いの女はなかなか巡りあいませんですね。
腋臭ほど臭くなくても、そういう体液って汗?とかと混じって多少臭うような気がしますが
殆どの人は大興奮してきても、多少の汗の臭いとマン汁の無臭の臭いのミックスのような臭い
のイメージです。
ウンコや腋臭やカビなんてレベルの臭うマン汁なんてあるんですか?
ところで幼い頃からの家庭環境(暴力虐待や想像絶するイビリ)などによって、自分は他人に酷い
扱いをされても相手にされているだけありがたいなんて思っている人間層が、主に、酷い性生活を
送る傾向があるという話しもありますね。援助交際とかセフレとか肉便器とか。
そういう人間は、自分に自信がないから他人を先に傷つけたり酷い扱いをされても、ずっと
黙ってこらえるのが当然という傾向があるみたいですね。
●十傳より→不思議におもうことがございます。ボクシングであります。ボクサーの夫の試合を奥さんが観戦することがございますが、夫がボコボコニ殴られているところをみて、その気持ちはどうなのでありましょうか。夫を愛しているならば「やめて!」と止めて当然ではありませぬか。
ボクサーは殴られながら、そう言ってくれる誰かがあらわれるのを待っているのかもしれませんです。それと同じようなことをかんじましたです。
その昔、既婚者の着飾りタイプは、案外、夜の性活が良くないという噂を聞いたことがあります。
それでも結婚できているということはそこは体は良くないけどそれ以外はそれをフォローできる
ほど良いと評価でもして結婚してるんですか?
●十傳より→結婚生活すれば愛し合っていてもセックスは退化していくようであります。はげしい快楽という接着剤がなくても、いちおうは離れることがないという安心感があるからかもしれませんです。
↑上の文章変でした。
既婚者着飾りタイプで夜の生活が良くないという噂を聞いたことがありますが、
そういうタイプで、それでも結婚できているタイプというのは体はダメでもそれ以外の
評価がそれをフォローできるほどの上回るレベルとか何かしらぐっとくるものがあって
そういうタイプの相手は結婚しているんですか?
●十傳より→つまりオシャレな妻は、という意味ですね。オシャレは男を意識するものと、同性の女と対抗するものとがございます。が、結婚後のオシャレは、自分の生活を守ろうとする見栄というか保護的なものも加わるかしれませんですね。その家庭を守ろうとする意識こそが、結婚生活を維持させているとも考えられますです。結婚においてはセックスは二の次なのではないでしょうか。ある程度の快楽があればイイと思っているケースが多いような気がいたしますです。