2017
06.30

本当の望みは何だろうと、幼い奴らの短冊の願いに心が、ちと動かされましたです。

季節は七夕の月にすべり込むのでありました。

夜空を仰いでも星屑が見えない時代であります。大気が汚れているのではなく、星の数が減っているのかもしれませぬ。願いもまた分からないよーになっているようにもかんじますです。

昼間の太陽という星ばかりを見てしまっていて財布の中身だけを気にしているのであります。
家具が壊れても、車が故障しても、自分では修理できず、お金によって誰かに直してもらうしかございませぬ。野菜もみんなお金で買わないとけいません。水さえタダではないのであります。

星が減り、願いが減るのも当然でございましょう。

四柱推命解錠禄を書き上げたいま、残る「断易随天」と「奇門遁甲海底秘眼」を書きあげれば、正直、悔いはございませぬ。

自分は、これらを書き残すため存在しているのだと思うよーになっておるのであります。

あとのことはどーでもよろしいのであります。誰に何と言われよーと、周囲にどのよーに評価されよーと、世界中に誹られよーと構いませぬ。

幼子が「いぬがかえますよーに」と願いを込めてていねいに短冊に書いたよーな気分であります。

願いがなければ、生きていたってしかたありませぬ。
健康に気を配り、大袈裟にマスクをして細菌に神経質になったって、ただのクソをたれる生きる文鎮であります。

生きている、ただそれだけで素晴らしいのだなどと調子のいい言葉を私メは信じることはできませぬ。

占いのために数々の残酷な実験をしてきたりしていますが、それ対する後悔は微塵もないのであります。もっと試みることが残っておるのであります。が、その結果を書き残さずに滅ぶことだけは、何としても防ごうとかんがえております。

本日は、心清まる短冊にふれたよーで、なんとなく爽やかになってオショシいのでありました。