2025
11.24

「ヤバイ…!」
モリオカだけでなくインフルエンザの患者が急増しているよーであります。
私メも、ひゃっ、ひゃっ、ヒャークショーン!
すこし熱ぽいのでありました。

体重が8キロ以上減ってカッコ良くなったのですが、そのぶん、免疫力にたいする自信が頼りないのであります。

どんなに風邪が流行っていても、風邪引きさんとベーゼをしても、以前は風邪がうつりませんでした。

鎮痛剤を適量の2倍飲み込み、そして料理はブタ。
ブタの脂身が良いのであります。

ポーク用のブタ肉に塩を振りかけ、小麦粉をまぶしまして、軽く焼き、それから梅酒をじゃぶじゃぶかけて仕上げの焼きに入るのであります。
本当はシェリー酒らしいのであります。

さて、翌朝、クシャミは収まり、インフルを食い止めることができました。
ただ肩がいつもによーに鈍痛があるだけ。

「まだ免疫は残っているよーだ」
体調を崩したら、開運も幸運も空振りに終わるのであります。

2025
11.23

「京都はあきまへん、もう」
京都在住の昔の知り合いが申しておりました。
昔のようではない、と。

支那人がおしよせ、まるでイナゴの大群に食い散らかされた稲田のよーだと。

画像は40代の私メ。
雑誌の取材で京都の清明神社での一枚であります。
まだ改修前で、雰囲気のある「気」を感じました。
その頃は、普通の古都。
学生時代の頃の名残がございました。

が、安倍のアホの矢の一つかどーか知りませんが、円安の影響で、支那人がゴミのよーに来日して、ウンコを残していったのは知らぬものはおらぬでしょー。

それでも故意に流された新型肺炎のために、4年間は外国人はステイホームしたのか、昔の京都に戻っておりました。私メも2度ほど訪れ、鍋焼きうどんやらおでんを堪能いたしました。
が、ふたたびウンコの奴らが集まり、暴虐舞人の振る舞いとか。

「もう、あきまへん」と語った大学の仲間は、「でも、今が大チャァーーンス!」とテレビショッピングのオバちゃんの物まねをして、誘ってくれるのでした。
この数年で何人かの仲間が死んでいまして、その墓参りも…と考えていましたから心が動きました。

女総理の発言で支那人の渡航の自粛が影響し、古都京都は不意の静まりを取り戻したとか。
そーでなくてはなりません。
お金欲しさに尻尾を振っていた者たちには打撃ですが、いままで美味い思いもしてきたのですから、これは自業自得というもの。

いまのうちに、外人に見せるエリア、立ち入り禁止のエリアを決め、関所を設け、それぞれパスポートの提示を求め、ウンコ民族には入れないほど高額の入場料をとるとか、早急に決めるべきでありましょー。

それから台湾が、マジで台湾国として独立国家を作りたいならば、台湾語、台湾文字を考案すべきでございましょー。なお日本も満州奪還も念頭に、在日支那人を使い毒をもって毒を制する政策も必要でございましょー。

私メもやっと戦争を知らない老人たちという屈辱から脱却できるのではと、肩の痛みをこらえつつ、庭に出て木刀を振り始めておるのでございます。

2025
11.22

うつ病でお悩みのお方が多くなったような気がいたします。
相談者にも、
「これはうつ病の症状が強く出ている」
人相にも出ていますし、相談内容からも分かりますです。
心療内科に通っているお方も多いのであります。
そーいう心の病を、では占いで治せるのかと問われると、食べ物とか、良い気に当たれとか、護符とか、そーいう対応が主でありましょー。

一昨年、うつ病のために長期の休職が必要だと診断されたお方がおりまして、「給料を貰いながら休めるのは素晴らしいですね」などと答えて顰蹙をかったことがございます。「好きなことに打ち込めるではないか」と。「ジムでダイエットしても」と。
しかし、休職を命じられるくらいですから、重症であります。それどころではございません。
不眠に悩み、周囲からの強迫観念にも悩み、過去の様々な負の記憶に苛まれ、家族にも友達にも会うのが恐ろしく、弾力を失った古タイヤ同然。ならば何を頼っているかというと、神社仏閣と、占い。

「モリオカにしばらく滞在してみては…」
と転地療養を勧めたのでございます。

以前、地元のラジオ番組で耳にしたことがございます。
モリオカの空は手が届きそうな距離にあり、流れる雲を眺めているだけで。心に沁みると。
啄木の歌にもございます。ーー城跡のお城の草に寝ころびて、空に吸われし十五の心ーーと。モリオカの空と雲は特別なのかもしれません。
ラジオでは、心の病にも効くと言っておりました。

私メにとっては郷里の地ですから、そんなことは気にも留めておりませんでした。
でも、一か月に一度、モリオカに戻るということは、そーいうことか、とも思いました。

休職のお方に勧めたのは、そういう事情なのでありました。
そして、奇門遁甲カレンダーをみて吉方位を探しては、定期的にモリオカで転地療養をした彼女は、一年後、完全復帰しました。

元気な顔色をみて、私メは釘を刺しました。
「モリオカを第二の故郷なんて言わないでくださいよ。モリオカは私メだけの土地なのですから」と。