2025
08.13

モリオカの実家の庭は、かつて薔薇が咲き誇っておりました。
近隣住民の方が鑑賞にみえたり、アマチュア画家が写生にきたりと、それはちょっとしたバラ園立ったであります。

それをダメにしたのは私メであります。
父の死後、開放的な敷地を高い塀でかこったりして、庭を変えてしまったのでした。
トドメは家を建て直すために、庭を工事の人たちが踏み荒らしたからであります。
その後、一本の薔薇も咲かなくなりました。

それが、庭の隅の松の根本付近に、赤い花を発見したのでした。
「絶処逢生だ!」
おもわず独り語がもれました。

絶処逢生とは断易用語であります。
完全に失敗し、自他ともに再起不能なときは、何もするな。慌て藻掻いてはならない。静かに体調を整えておけ。技を磨いておけ。そのうち必ず救いのチャンスが思わぬ方向から誕生するから。

断易は、人間の生きざまを、そのまま原則に切り取っております。
人間だけでなく自然現象も、庭の薔薇のごとく、断易は網羅しておるのでございます。

2025
08.12

モリオカのはずれに建っているアネックスカワトクというデパートが今月の18日をもって閉館するらしいのであります。

かつて、この場所に修道院がございました。
幼稚園児だった私メは、叔母につれられたことを憶えております。
ぽつぽつと頬の毛穴が黒ずんだ修道女に案内されて院内をまわりました。
「来年は、もう入られないからね」
小学生になるとオトコと規定されるからであります。

そんなことよりも「臭い」が気になって仕方ありませんでした。高窓から色ガラスをとおして光が埃を浮き上がらせ、重い扉は閉められておりました。
その臭いが、「女のニオイ」だと分かったのはずいぶん大人になってからであります。
ベッドに横たわった年上のお女性の毛布を剥いだ時、「修道院の匂いだ」と一瞬、時間をワープいたしました。
甘酸っぱい、それでいて饐えた毛羽立つ匂いに、この人とは暮らせないななどと動物になったのでございます。

モリオカのはずれにアネックスは建っていると申しましたが、それ以前は、修道院から向こうは深い森でして、何者かに追いかけられているよーな恐ろしくて背中がざわざわとする禁足地なのでありました。

アネックスの建物がたってから周囲は開発されだしたのです。

ふたたび一帯は廃墟になるのでしょーか。
なったら心が落ち着くだろーとも思えます。

いいえ、そんなことにはならないでしょー。
別の店舗にかわり、ここにアネックスも修道院があったことすら、だんだんと忘れられることは確かです。

さいごの想い出に、アネックスの臭いを嗅ぎに赴こうかとも考えております。

2025
08.11

モリオカは雨でありました。

九州の大雨のよーなヤツではなく、眠りに引き込まれるよーな雨。
机に向かいつつ、白日夢のよーな幻想に浸れるのでした。

このインクは神戸でもとめたヤツ。
はや7年前のことになるのでしょーか。
神戸でスクールをしていた頃のことでございます。坂道の途中に古い小学校の建物を利用して、パン屋とかマッチ屋などの店舗があり、そのなかのひとつ。何十種類ものインクがあり、厳選した色なのであります。

万年筆はペリカン。
父が死んだとき20万円しか残しておらず、それを母と妹弟で五万円ずつ分け、その五万円で手に入れたものであります。

すべてが過去に消化されていきます。

仕事をしよーにも、頭脳は過去の出来事へと逆流し、
「今日はこれでいいか…」
窓ガラスをやさしく、時折、つよく叩く雨粒が鼓膜を揺らすのであります。

誰とも会話せず、このまま雨が夜へと連れていってくれれば最高かもしれません。
だれかとお喋りしてしまうと、半透明な時間が壊れてしまうのではないかと。

しかし、私メはいくつもの言葉をはっしているのです。
じゃあ、またいつか、と胸のした小さくふった白い手にむかって。
悔やんでもくやんても、もうどーしよーもない白い手にむかって。