2025
10.14
10.14
老人が、若い奴ら用のバイクや革ジャンを、食い入るよーに眺めておりました。
年老いて良いことなど一つもございません。
目も耳も弱まり、もはや高い山に登ることすら恐ろしいのであります。体力や筋力の問題ではなく、筋骨自体が老体化しているのであります。
しかし、老いを嘆くことは無駄。
嘆いたとて、どーしよーもないからであります。
で、ふと振り返ったとき、若かりし頃に思う描いていた人生の夢と、現実とが、あまりにかけ離れているケースが多く、私メも、まさか易者に成り下がっていよーとは思いもよらぬことであります。
では、人生にどんな夢を描いていたのか。
受験の季節が始まっております。
事務所にも受験対策の相談が多くなりましたです。
希望する高校や大学に入学させるために色々な占術を用いるのですが、「この若い人の進むべき方向性は違っているのではないか」と首を傾げたり、「生年月日が示す方向性とは真逆なのに」と残念に感じることも多々あるのであります。
そーです。
本人の夢が、かならずしも命式の求める生き方ではない場合が多いのであります。
老体になってから、それらが軽く疼くのであります。
「こんなものだろう」と納得すればよし。
「どーうしてこういう人生になってしまったのか」と後悔するのは悲しい。
運命と夢は別物のケースがほとんどなのであります。
中年になって「お金だけで良いから望みをかなえてもらいたい」と依頼され、たとえば奇門遁甲を使ったとしても、お金儲けの道を歩んでいなければ、望みは煙と化すのであります。
過去に戻れるならと
人生をやり直したいと考える人は多いのではないでしょうか
あの時に戻れたら
大切な命を失うこともなかったのでは
夜、電気を消して眠りに付こうとする時に想像したりしますが
どうあがいても過去に戻ることはないのです
幸か不幸かは定かではないのですが、自分の人生はこんなものなのでしょう
ボロ屋に住みニャンコ達のために生きてきたような人生
後悔の量を大中小で表すなら多分「小」なのかもしれません
●十傳より→それでイイのであります。