2017
08.06

置き忘られたカーディガンが事務所の机に。

誰のモノかな…。

もう夏は7月のような透明度を失い、愛の本性のよーに重たく地面を熱射している8月の空。
油蝉がしきりにねじれた声で鳴いておるのです。

忘れ物というものは不思議な郷愁をひきだす力があるのかもしれませんです。

ずいぶん以前、いやあれはいつのことだったのか、時間の間隔もさだかではありませぬが、快楽を残し、姿をくらましたお女性に、しばし想いをめぐらしておりました。
雨の夜に消えたお女性であります。

暗がりのなかのくちびるの感触が妙になまなましいほかは、すべてマボロシではなかったかとおもえる雨の匂いがしきりの夜でありました。
「もう帰らなくちゃ」

彼女の消えた空間に、上着が残されていたのでございます。

すると、その空間が傾いて見えだしたではありませんか。
廊下もドアも寝室もトイレも、すべてがゆがみはじめました。

今日はいつなのか、夜であることはたしかたが、では宵の口なのか深夜なのか。
「もう帰らなくちゃ」もう帰らなくちゃ、帰らなくちゃ、帰らなくちゃ。

キッチンの角の壁に背中をもたせかけチューハイをグビリ。
雨粒のならんだ窓ガラスには、私メだけがうつっております。

指は彼女の上着とおなじ匂いが、かすかに。
ほのかな辛さが匂ってくるのでした。空蝉は、実体では知りえぬ凝縮が燻っております。

夏の夜は奇妙な幻想で満たされておるものであります。

急にヒャックリが。
近頃、めっきりお酒に弱くなり、定量を越すと、ヒャックリが出るのでございますよ。