08.17
お女性といると時計はいりません。暗闇でも、時間が分かるのでございます。
いままで、やわらかな背中の背骨が触れている指先で向きを変えるよーになったなら、
「もう帰る時間です」の合図なのでございます。
背骨から左右に広がる骨たちが、飛び立つ直前に翼をひろげる鳥のように、反り返るのであります。
「そんな時間か」
「そんな時間です」
けれど、帰らなくちゃと、口にしながら背中の骨々が内側にやすんでいるときは、その言葉は戯れで、帰るなよと抱きしめられたいのかもしれません。あるいは別のことをしたいときなのかもしれません。
背中にふれながら、彼女の誕生日を不意につぶやくと、その背中の筋が緊張することも知られざる事実。
「昨日、焼肉を食ったな」「誰に抱かれた?」「ケンカしたのだろう」「嘘をつくなよ」「まだ飲み足りていないよーだな」「腹がへったのか」
それらの答えをすべて、お女性は背中で打ち明けているのでございます。
その声が背中に集まって、そこから手のひらを通じて聞こえてくることもございます。
指先の指紋のひとつひとつを震わすよーに語るお女性の反応に対する言葉を、たとえば西洋の古い街並みや、冬でも凍らない湖の青さや、郷里の大地の岩の熱さなどから拾い集めて言葉にしても、それは陳腐であります。肌から感じたことは、肌で返すのが礼儀なのでありましょう。が、それでも言葉で押し返す男のマヌケさ。
老いてもマヌケさはかわりませぬが、すこしはハートで対応できるよーになっただろうとはおもうのでございます。
夏が崩れております。
夜風に秋を感じると、お女性の心にさざ波が立つのでありましょーか。
コルクを開けると、スパークリングワインが音をたてて白く泡立つよーに、お女性の肩甲骨は、季節に反応もいたしますです。
ああ、いたい、痛いけれど気持ちがいい…。
お女性の背中の骨と骨の間に中指をたて、背中の調べを読み解いていると、断易の解読をしているみたいな気持ちにさせられるのでございました。