2015
12.02

誰にでも個人的な眺めがあるモノでしょう。

前の職場の風景とか、親しい人と団らんしたスポットなど。

私メにとって、この喫茶店から見る通りは、十数年前、「希望」のあった場所の眺めなのでございます。

向かいの軽自動車が停車している小道のビルの入り口からエレベータに乗ったものでありました。

そこには、もはやその編集部はなく、しかし、ここから眺めておりますと、知り合いがドヤドヤと笑顔で出てくるのでは…とおセンチなイイ気分に浸ったりするのでございます。

それにしても出版界は滅亡的でありますですね。
雑誌は音を立てて廃刊に追い込まれ、この傾向は2016年はなお厳しさをますでありましょう。

「オノさんはいいよね。原稿料と、ネットからの収入があるから」と仰る方が多いのですが、カチンとするのは「だから教室なんて片手間だよね。だから受講料を安くできるんだよね」というジョークでございましょう。

片手間で教室を…という発想がどこから来るのか。「そういう目で見ていたのか」と情けなく思いつつ、「こいつが言っているのではない。出版界がダメになり、仕事にあぶれた貧乏が言っているのだ」と反感を苦笑いで抑えるのでありました。

誰とも親しくなるまい。心に高い塀をこしらえよう。

珈琲の苦さを味わい煙草に火をつけて思うのでありました。都会にそれぞれの廃墟があるように、心にも滅びた暗黒を誰でも持つのでありましょう、と。

2016年の十傳スクールの計画をそろそろ立てなければなりませぬ。