2014
01.18

セッコキしたわけではございませぬ。
昨夜のうちから、明日の朝食は吉野家で、と決めておりました。

セッコキとは屁ッコキの入力ミスではありません。岩手県の方言でして、手抜きとか、怠け心とかの意味なのであります。

「あんゃ、セッコキして吉野家で朝ごはんっかぁ」というように使いますです。

見渡したところ、朝から牛丼を貪っている男、気ぜわしくカレーなどをすすっているヤツ、牛スキ定食を前に団欒している若者たち……これは昨夜からの飲み会の延長でありましょう……などが、それぞれの朝を迎えているのでありました。

「あの人ぉ」
と老母は不意に立ち上がりカウンターで牛丼に紅ショウガを乗せている男を指さすのであります。
振り向くと自称、若社長でございます。
この男、謎の人物なのであります。

近所に、高校生を筆頭に三人の子持ちのシングルマザーが二間だけのボロい住居に住んでおりまして、これが激しい美女。プロポーションも二十代にしか見えぬ妖艶たるお女性なのであります。
クルマの運転が乱暴だと、周囲のオバさん連中からは悪評ですが、男たちからただ沈黙、という存在でございます。

そのお女性の情夫が若社長なのであります。
「足場の社長です」
らしいのでありますが、牛丼をかっぽいでおるのは、ちと痛々しい光景。
ホントか嘘か、「休日にはよぉ、女の車でラブホに行ぐみでだっけぞ。だれ真っ赤な車だおん、見間違うはずねってば」

「朝ごはんも作ってもらえねんだべか」
と母が申します。
「向上心がないのが問題だな」
と私メ。

あれほどの美女を二間のボロ家で我慢させておくことに、すこしく憤りを覚えていたのであります。愛しているなら向上心を見せてやればイイのに、と。
が、それもこれもお女性が美女だという一点がもたらす男心の科学反応であることは、考えるまでもないことでございます。

「んだがら、息子は江南義塾にしか入れんだべおん」
新設校の江南義塾のレベルは知りませんけれど、老母は、私メの差別意識の元神なのかもしれません。

まぁ、かような会話がモリオカの名物でありまして、恐ろしく他人の家族の状況についての情報が、本人の認識より詳しく伝播されているのであります。

ともあれ、その美女の末娘は小学生でして顔を合わせると「キレイになったね」と言ったりいたします。
「ママの方が美人なんだよん」
とにっこり笑い、
「おじちゃんの家の庭で雪だるまを作ってもいっかぁ」
と無邪気な要求をするのであります。

庭は秘密の花園でして、門は終日締め切られ、なんびとの訪問も拒絶しているっぽいのでありますが、その子の申し出を許したところ、五人ほどの子どもたちがドヤドヤと入ってきましたから、老母は「あんゃ、あんや、今日だけだよ」と釘を刺すことを忘れませぬ。

吉牛を出る際には、せめてもの礼儀と、その若社長に気付かぬそぶりをつとめるのでありました。

今日は土曜日、すると彼女はアノ日なのであろうか、と思ったりいたしました。
いやいや下心があるわけでは決してありませぬ、決して、決し、決して…。
ちと外で頭を冷やしてきますです。